男性が「疲労」を定義する権力を持つ

 問題視された文言の表現とは別に、筆者がこの広告を目にしたときに少し気になったのは男性の装いです。女性は襟つきでターンナップ(折り返し)カフスの淡いピンクのブラウスを着ていて、ビジネスシーンに適した装いの印象を与えます。それに対して男性は丸首の白いTシャツの上にオフホワイトのカーディガンを羽織っており、カジュアルな印象を与える装いです。

 女性と男性の間であまり年齢差はなく、同じ画面の中に捉えられると職場の同僚やカップルのような設定でも違和感ない組み合わせで、ビジネス向けの装いとカジュアルな装いを組み合わせることで、バランスを取ったスタイリングのように見えます。もし仮に、女性がカットソーとカーディガン、男性がワイシャツを着ていたら、女性の装いからはビジネス向けの印象は弱まり、男性にオフィスワーカーとしての印象が強くなっていたことでしょう。

 装いの要素一つを取り上げても、ディテールから職業や社会的属性を読み取ることができますが、「丸首の白いTシャツの上にオフホワイトのカーディガン」という装いからは、男性の職業上の属性を表現するものが周到に排除されています。そのような装いを設定した上で、「時代が変わると疲れも変わりますからね。」というキャッチコピーが重ねられることで、その文言が具体性を欠き、表現としてより一層空疎さが強められているようでもあります。

ADVERTISEMENT

 リポビタンDのCMは、筋骨隆々とした男性俳優たちのアクションシーンや、野球やラグビーのようなチームスポーツの選手たちを通して、鍛え上げた肉体で困難を乗り越えて、目標達成に向けて挑戦することこそが「男らしさ」を証明する方法であるというメッセージを繰り返してきました。そういった長年にわたるCMの数々に照らし合わせても、男性に「時代が変わると疲れも変わりますからね。」という言葉が添えられるだけで、何かに取り組む姿勢が描かれていないことに、それまでリポビタンDが打ち出していた男性像とのギャップを感じ、驚かずにはいられませんでした。

 さらに付け加えるならば、男性の「時代が変わると疲れも変わりますからね。」という言葉によって、「疲労(とその要因となる活動や労働)」を定義しようとしています。このような定義づけをする権限を持つことを、フランスの哲学者ミシェル・フーコーは「状況の定義権」と言い表しました。「状況の定義権」とはすなわち権力そのものを指し、その場にいる人の中で最も決定権(支配力)を持っている人が、そこで起きていたことの意味を決めてしまうことであり、支配される側が行動の自由を奪われている状況において、支配される側の言動を支配する側が定義します。

 その支配/被支配という関係の枠組みにおいて、男性が「疲労(とその原因になる活動や労働)」を定義する「権力」を持ち、女性が「仕事、育児、家事」の役割を担う存在として表されている、と読み取ることもできます。広告の中でこのような認識のもとでメッセージを発することに対して、制作過程のさまざまな段階で問題が指摘されてこなかったのは、企業活動全体が男性優位を是認していることの証左です。

「24時間戦えますか」バブル時代の栄養ドリンク広告

 リポビタンDの広告では、男性像は変化しているものの依然として男性優位の価値観が根強く残っています。その一方で、高齢化社会を反映して中高年の「疲労回復」や「ケア」の側面を強く押し出す傾向が強まっています。