遍在する「男の詰め合わせ」と家父長制政治
このポスターは自民党の関連機関や議員会館に配布されました。党本部の外壁に横断幕として掲げられ、総裁選関連のニュース報道などメディアを通してアピールを行うための広報に用いられました。
実際の報道では、ポスターに対する市民の反応として、自民党の過去の実績を印象づけはするものの未来志向の表現ではないことや、男性が支配してきた政治を「THE MATCH(マッチ=勝負事・試合)」という格闘技や映画を思わせるコピーとともにエンタメ感の強い表現を通して発信することへの違和感を表す声が寄せられていました。
男性たちが競い戦うことの興奮を視覚化して伝える手法としてコラージュが頻用されることは、ホストクラブの看板、野球やサッカーなどのチームスポーツのポスター、お笑い賞レース番組の広告などと同様で、今回のポスターの表現もこの系譜に位置づけられます。
総裁選のポスターをスポーツやエンタメのポスターと照らし合わせて見ると、コラージュによる「詰め合わせ」状態は、「男らしさ」表現を特徴づける際立った要素といえるかもしれません。女性のアイドルグループの集合写真なども思い当たりはしますが、人の図像をパーツとして組み合わせて束ねるように合成して扱う表現は男性ほどには多くありませんし、大半は若年層の女性に限定されます。
また、男性が「詰め合わせ」状態の中にパーツとして組み込まれることで、帰属組織の正式な構成員として承認を受けていることを示します。それと同時に、個別の人格として尊重されるというよりも、広告全体としてのムード、たとえば勝負事の盛り上がりや興奮状態を表現することに主眼が置かれ、個人が組織全体に奉仕することを重視する考え方が表現の中に反映されています。
「おじさんの詰め合わせ」ポスターとともに発表された45秒のウェブ動画は、あたかもサスペンス映画の予告編のように構成されています。歴代総裁の演説の場面をつなげ、白黒を基調としたハイコントラストの映像に演説を聞く群衆のカットが織り交ぜられ、重低音の男性の声によるナレーションと緊迫感を盛り上げる音楽が重ねられます。ポスターのコピーに「時代は『誰』を求めるか?」とあるように、動画の中でも「誰」という言葉が何度も繰り返され、「自民党を変えるのは『誰』だ?」といった文言が太ゴシック斜体の文字で画面左から右へとスライドするようなアニメーションで表現されています。
演説を聞く群衆のうち、顔をアップで映し出されるのは若い女性、幼い子ども、高齢の女性です。26秒のあたりで「守るべきものは守り、変えるべきときは躊躇しない。この国を導けるのは誰だ」というナレーションが流れるとき、「守るべき」という言葉に女性と幼い子どもの顔が重ねられ、「女性と子どもは男性の言うことに従うべきだ」という家父長制的な価値観があからさまな形で表現されています。
「変えるべきときは躊躇しない」というナレーションが示すように、2024年の総裁選は政治資金パーティーの裏金問題による自民党への不信感から脱却し、「刷新感」をアピールすることが大きな目的の一つに掲げられていました。停滞感の打破や世代交代のイメージを印象づけることがキャンペーンの主眼だったはずですが、実際に制作されたポスターと動画は家父長制的な価値観に固執する自民党の姿勢を露呈しました。
なお、このポスターに石破茂を追加したものが、自民党結党70周年を記念する第92回党大会(2025年3月開催)の会場で自民党の歴史を表現するイメージとして掲示されました【※3】。