車椅子で運んでくれそうな弟子は…

 だいたい、この状態では殆ど歩けない。とすると、もう車椅子しかないのか?

 これを担えるのは体力のある20歳前後、私と同じ愛知に住む弟子しかいないが……おお、あの弟子がいるではないか!

「藤井君、申し訳ないが私を東京まで車椅子で運んでくれないか?」

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©︎文藝春秋

 だめだ、たとえ実現しても、一体どれだけ人目を引くことやら。

「藤井聡太と車椅子師匠」もうタイトルだけで感動の名作がつくれそう。だがダメだ……強すぎる弟子というものは、何とも扱いが難しいのである。

 結局あの日、私は翌日の回復に賭けて東京移動を1日遅らせた。願いは通じ、幾分かマシになった翌朝に時間を掛けながらも自力で将棋会館までたどり着けたのだった。

 ちなみに結果は私の負け。ただ、身体が動かせただけで、もう悔いなしであった。

 今、名古屋と大阪の対局場の隅には「立ち上がり補助手すり」が置いてある。ハシゴのような形で、正座の状態から立ち上がる時は本当に役に立つのだ。

 購入したのは私だが、私物を将棋会館に置き続けるわけにはいかない。これは将棋会館への寄贈、つまり誰が使っても良いのだ。

「さあ藤井君、ぎっくり腰の時はいつでも使ってくれたまえ。なあに、師匠のおごりだ。遠慮しなくていいぞ」

 これは実際に話したが、特に反応はなかった。

 若い藤井七冠がこれを使いたくなるようでは大変だが、幸い、その日が来ることはなさそうである。

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