例えば、常連客の女性が店にやってきて「今日は東京から息子が帰ってくるの」と言う。すると、父はすべてを理解して戸惑うことなく、赤身肉の準備を始めるのだ。父は客だけでなく、その家族の好みの肉の部位まで暗記していた。

「あそこに行って買えば、これが出てくるから楽やわ」
「知ってる人が出してくれるから、(味も素材も)間違いない」

そうした客からの声に、新田さんは唸った。

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「混んでいる時に、『おい親父。いつものやつ、切ってくれ』とわざとカッコつけたがるお客さんもいて。周りのお客さんは『この人、常連さんなんや』と。けど、その人は年に2回くらいしか来ない(笑)。それをステータスに感じてくれてたんでしょうね。父は商売上手でした」

新田さんも常連客を覚えようと、エプロンにノートを忍ばせ、客の情報を逐一メモするようになった。「ホンダのバイクで赤いヘルメットのおばちゃんは何を買うかとか、ようメモ取ってました。でも、バイクとヘルメットが変わって、誰かわからなくなった。結局、名前覚えるのが一番早いですね」と新田さんは笑う。

大型スーパーに押され、ネット通販に挑む

旭屋は2026年で創業100年を迎える(戦時中の2年間は休業)。この間、何度も経営危機を乗り越えてきた。1996年のO-157問題や2001年のBSE(牛海綿状脳症)による風評被害、そして直近ではコロナ禍。それだけではない。新田さんが家業を継いだ頃、大型店舗規制法の改正によりイオンなどの大型スーパーが台頭し、価格競争が激化していた。旭屋の売り上げも下降傾向にあった。

この状況を受けて、新田さんはスーパーとの差別化を図るため、高価な神戸ビーフに特化し、売れ筋の惣菜に力を入れるべきだと思った。

そう感じてはいたものの、打ち手がなかった。その時、趣味でホームページを作っている知り合いの包丁販売店の社長がこう提案してきた。

「10万円できれい作ったるよ。ネットでお肉、売ったらどうや?」