私は今でも1日15時間とか寝るくらいで、燃費が悪いというか、みんなよりも生きるのにすごくエネルギーがいるんです。中学校、高校の時は、今よりもっと燃費が悪くて、頑張って頑張って、他の人の何倍も頑張って、やっと1個できるみたいな感じでした。

 お母さんは看護師ということもあって理解はしてくれたんですけど、ただお父さんはそうした私を理解してはくれなくて。もともと言葉で表現するのが苦手で、手が出ちゃうこともあって。すれ違いが起きていました。

高校は「優しい学校だったおかげで1年間通えた」

――高校は音楽学校に通われていますね。

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髙峰 学校へ行きたいけれど、そのためのエネルギーが出ないことが続いていたんですけど、それでも音楽ならやれるかなと思って、滋賀の石山高校という学校を選びました。

 もともと4歳の頃からヤマハのピアノ教室に通っていて、ピアノ専攻で入ったんですけど、何かしら副科をつけなければいけなかったので、声楽でイタリア歌曲とかオペラを歌ってました。

 高校は楽しかったですね。体調もシビアな中、先生にすごく恵まれて。しんどい時はピアノの練習室の空いている部屋を休憩で使わせてくれました。その練習室に保健室からベッドを持ってきて、そこで寝て休んでから授業に行かせてもらって。優しい学校で本当にそのおかげで1年間通えたと思っています。

©佐藤亘/文藝春秋

――1年間ですか?

髙峰 先ほどお話しした家庭でのストレスが続いていて、心が休まる時間が一切なかったんです。ずっと脅えながら生活していました。それで、学校に通うための心と身体の余裕がなくなってしまって1年で辞めました。

――そして17歳の時に、髙峰さんは家を出ます。決定的な理由は?

髙峰 何だったんでしょうね。積もり積もってもう嫌になっちゃったのかもしれないです。誰にも相談せずにある日突然、ふらっと家を出ました。

 最初の頃は友達の家に泊めてもらったり、大阪の街を歩いてました。高校を辞めた後に大阪のコンセプトカフェでアルバイトをしていたんです。ただ、自分でもショックが大きすぎて、その頃の記憶があまり鮮明ではなくて。それに対しても何も言われないお家だったんです。家に帰らなくても誰も連絡してこない。うちの親は変わっているなと思いました。

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