『三毒狩り』(上)(東山彰良 著)毎日新聞出版

 本書を手にするのは、気力体力が充実しているときにしてほしい。なぜなら非常にヘビーな作品だからだ。もちろん、読み始めたら止められない、優れたエンターテインメント・ノベルである。だが、そこから伝わってくる作者のメッセージが、とても強烈なのだ。

 物語の主な舞台は、中国山東省にある吹牛(すいぎゅう)村だ。その村で佟継漢(とうけいかん)が貧しい小作農の家に生まれたのは、大清帝国が滅亡し、袁世凱が中華民国の臨時大統領に就任した、1912年3月10日であった。この冒頭を読んだだけで、中国の近代史が作品の背骨になっていることが分かるだろう。

 1945年に日本が全面降伏すると、互いを敵としながら協力体制にあった国民党と共産党は、再び大陸の覇権を巡って争うようになっていた。そんなとき、胡麻油売りをしている継漢は、毛布にくるまれ、木の洞にいた赤ん坊の死体を発見する。しかし赤ん坊は雷に打たれ生き返った。継漢は雨龍(うりゅう)と名付け、赤ん坊を自分の子供のように育てる。この佟雨龍が、本書の主人公だ。

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 日本人と揶揄されながら、姉同然の李平と共に成長していく雨龍。だが、共産党幹部で、過去の因縁から継漢を憎む田冲(でんちゅう)が村に来たことで、雨龍たちの人生が激変する。田冲に嵌められた継漢が、労働矯正に送り出されて、数年後に死亡。他にも、李平に関する件があり、雨龍は田冲を殺す。その罪で処刑されるが、気がつけば地獄にいた。

 というのが前半の粗筋だ。以後、地獄で閻魔大王に認められた雨龍は、人間界に逃げ出した“三毒”を討伐するため、再び現世に戻るのだった。

 三毒とは、「貪欲」「怒り」「愚かさ」のこと。遥か昔から人類が持ち続けたものである。理由はよく分からないが、田冲の姿をしている三毒を、雨龍は李平や、生きていた頃の知り合いである羅兄弟たちと追っていく。

 かつて飼っていて、今は地獄の番犬になっている皮蛋(ピータン)という黒犬がいるが、その仔の妹子(メイヅ)も仲間になる。雨龍が地獄に行ってから、一気にホラーやファンタジーの要素が強まり、現世に戻ってからも、ストーリーの行き先が分からない。意外な事実も幾つか明らかになる。だからこそ、ドキドキしながら、ページを捲ってしまうのだ。

 そして雨龍は、三毒に囚われた人間が、いかにすればそこから解放されるか考えるようになる。自身の怒りに任せて田冲を殺した雨龍も、三毒に囚われていることはいうまでもない。そんな彼が知るのは、中国の近代の歴史の中で積み重なっていく三毒の諸相だ。いや、中国だけの話ではない。どの時代、どの国でも、三毒が繰り返されているのだろう。ラストで雨龍は三毒から解放されるための答えを示すが、それは正しいのか。本書を閉じた後、自分なりの答えを考えずにはいられなかった。

ひがしやまあきら/1968年台湾生まれ。2015年『流』で直木賞、16年『罪の終わり』で中央公論文芸賞、17年刊行の『僕が殺した人と僕を殺した人』で織田作之助賞、読売文学賞等を受賞。
 

ほそやまさみつ/1963年埼玉県生まれ。文芸評論家、アンソロジスト。書店員を経て、エンタテインメント作品の書評や解説を執筆。

三毒狩り(上)

東山 彰良

毎日新聞出版

2025年7月22日 発売

三毒狩り(下)

東山 彰良

毎日新聞出版

2025年7月22日 発売