想像以上だった三段リーグの過酷さ

 ところが、山下が今回のリーグで5勝目を上げたのは10回戦でのことだった。折り返し地点を過ぎての5勝5敗は可能性がゼロとは言わないが、2位以内に入るには厳しい数字と言わざるを得ない。フリークラス編入は満たしても、順位戦にすぐ参加できる2位以内での昇段とは大違いである。

 結果として、山下は最終日を迎えた時点で9勝7敗。しかも最終日の第1局は負けていた。規定を満たしているのだから堂々の四段昇段ではあるものの「何とか勝ち越してくれないかな」という声があったのも事実である。

 それにしても竜王戦ではプロ棋士を相次いでなぎ倒してランキング戦昇級、優勝を果たした山下が三段リーグでここまで勝てないものか。それだけ現在の三段リーグは厳しい戦場ということである。またリーグの持ち時間90分よりも竜王戦の持ち時間5時間が山下の適性に合っているということがあるかもしれない。

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2025年6月25日、第38期竜王戦決勝トーナメントで谷合廣紀四段と対局した山下新四段(左・結果は谷合勝ち)

 そしてある棋士は山下の内面を慮るかのように、以下のようなことを言った。

「5勝でいいという状況だったら、そうなってしまうかもしれませんね」

 前述したように今回の山下はリーグで5勝を上げた時点でプロ入りが決まる状況だった。もちろん3位以下でのフリークラス編入と2位以上での順位戦即参加は大きな違いがあるので、2位以内を目指すのが当然なのだが、フリークラス編入でも三段リーグを抜けられるということが何より大きいのである。「棋士人生を振り返って最もうれしかったことは?」という問いに「四段昇段が決まった時」と答えるプロ棋士が多数派なのが、そのことを如実に示している。

 本人には5勝でいいという気持ちなど全くなくとも、そういう状況に置かれた時点で、無意識のうちにそうなってしまう。それだけ三段リーグが過酷な環境であり、またそのような状況では勝つのが難しい戦場ということなのだ。

昇段インタビューで語った心境

生垣寛人新四段

 最終戦は生垣が勝ち、片山が敗戦。この結果、岩村と生垣の四段昇段が確定した。2回目の次点となった片山と最終戦を白星で飾った山下もすぐに権利の行使を表明し、同日で4人のプロ入りが決まった。

 間もなく、新四段に対するインタビューが始まる。

――プロ入りが決まった時、あるいは次点行使を決断した時の気持ちを教えてください。

岩村「昇段を決めた直後は頭が真っ白でしたが、2局目の開始直前に声をかけてもらって実感が出てきました」

生垣「今日は上がれると思っていなかったので、実感はまだです」

片山「2位以内に入りたかったですが、昇段できたのはよかったなと。権利は行使する予定でしたが、師匠(飯塚祐紀八段)に『使います』と連絡しました」

片山史龍新四段

山下「今日の1局目は敗れましたが、2局目を勝ってホッとしています。フリークラス編入の行使については師匠(森信雄七段)と相談して決めていました」