かつての人口ボーナス期には、労働力人口が豊富で、大量生産・低価格路線が利益と直結していた。しかし現代は知的労働の割合が高く、付加価値型のサービスや知識で価値を生み出す時代だ。「長時間労働で疲弊している状態では、イノベーションは起きません」と大西さんは強調する。

働き方改革は個人の問題ではなく、経済の問題なのだ。

「すべての従業員が健康でい続けることは、企業としてもパフォーマンス高く働いてくれる人材を確保し続けることにつながります。慶應義塾大学の山本勲教授の分析によると(※1)、睡眠時間と利益率にはプラスの相関関係が見られます。さらに石田陽子氏によれば(※2)、日本の平均睡眠時間が増えると、一人当たりGDPも世界でトップレベルに伸びると試算されています。これは個人の健康の話だけではなく、日本の経済発展の話なんです」(大西さん)

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※1:NIKKEI睡眠カンファレンス2022
※2:著書『Dr.Yokoの睡眠マネジメント 眠るほど、ぐんぐん仕事がうまくいく』(文芸社)

後述するように、日本人の睡眠時間は世界の中でも最低レベルであり、経済にも悪影響を与えていることは自明のことだ。

労働時間は減ったのに、メンタル不調は激増

2024年のOECDデータによると、日本の年間平均労働時間は約1617時間で、38カ国中22位、OECD平均の1736時間を下回る。しかし、この改善は生産性向上には結びついていない。

生産性が向上しないこととの関連が指摘されるのは、精神障害の労災請求件数が2019年の2060件から2024年の3780件へと、わずか5年間で1.8倍に急増していることだ。厚生労働省によると、精神障害の労災認定の主な原因は「上司などからの身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメント」で224件を占めている。労働時間は減っているのに、なぜ人々は精神を病むのか。ひとつは、依然として力づくのマネジメントを続ける「上司」の未熟さだろう。