「会社に利用されるのでなくて、会社を利用して働きなさい」

 そのころ、ぼくは84歳の老母を一人で介護するため、妻と小学5年生の娘を置いて実家に戻りつつも、娘の面倒を妻と一緒に見ていた。3000万円30年ローンでマンションを2年前に買ったばかり。介護、教育、住宅ローンの三重苦。

 その中で、リストラで放逐されてしまう。

 そうした個人の事情に一切配慮せず、戦力外と判断したなら切り捨てるのが企業というもの。サラリーマンとしては完全な負け組だ。リストラはあくまでも勧告であり懲戒解雇ではない。断固拒否して会社にしがみつくという選択肢もあった。

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 でも、その場合はやりがいのある仕事を奪われ、周囲からもバツマークをつけられた感じで扱われるだろう。年収800万円にしがみつくために、自分の魂を捨ててもいいのか。

 自問自答したときに、若い時の上司の言葉を思い出した。

「会社に利用されるのでなくて、会社を利用して働きなさい」

 ぼくを評価しない会社のために、気持ちを押し殺して働き続けるなんてありえない。

 それよりは、早期退職で割増退職金をもらえることだし、ぼくにとってこれ以上、この会社に利用価値はないと判断した方がまし。そう考えたぼくは、早期退職をその場で受け入れた。

新型コロナウイルスの蔓延でお祈りメールの山

 退職は翌2020年2月末。それまでの社内外のネットワークから再就職はすぐに見つかるはずだった。

 だが、新型コロナウイルスの蔓延で状況は一変した。

「東山さんのような経験を持った方にぜひわが社で働いてほしい」と言ってきた複数の会社はコロナを理由に一転、不採用となった。転職エージェントやハローワークで応募しても50歳という年齢がネックになり、お祈りメールの山。

 50社以上も面接すら受けられず、転職エージェントのアドバイスで履歴書を書き直しても効果はなかった。

写真はイメージ ©hanasaki/イメージマート

 けれど正直なところ、焦りはなかった。

 それまでに投資で蓄えた資産があったからだ。新型コロナウイルスの蔓延で学校は休校、訪問介護の人も来にくくなった。妻はフルタイムで働いており、ぼくが介護と娘の勉強を見ることに。退職金も含めた資産で、FIRE(Financial Independence, Retire Early、経済的に自立して早期退職)をしようと決意した。