最後はフィジカルではなくメンタルの勝負
――鏑木さんは今、ご自身のチームを持たれて、若い選手の指導もされています。成し遂げられる選手と成しえない選手、強さの違いはどこにあるのでしょう?
鏑木:これも決めつけるのは良くないかもしれませんが、やはり長い距離のトレイルランニングは、ある意味で「負の経験」だったり、それをバネにする強い思いを持っている人でないと、なかなか成功しにくいんじゃないかと感じています。
100マイルの世界では最後はフィジカルではなくメンタルの勝負になります。トップを走っていても、あまりのきつさに心が折れてやめてしまう選手はたくさんいる。その中で、最後に「やめない」という選択を何百回も繰り返してゴールまでたどり着けるのは、人生の中の怨念のような、ドロドロしたものを抱えている選手。そういう選手がやっぱり強いな、と見ていて思います。
もちろん技術的な指導もしますが、最後は結局「心」なんです。だから、そういう自分の内面にあるものが力になるんだということを、若い選手たちには伝えようとしています。
――比叡山で大会をプロデュースされるようになったきっかけを教えてください。
鏑木:もともと、ウルトラトレイルの世界は、どこか修行や宗教的な行事に似ていると感じていました。欧米のトップ選手たちも、日本の修験道の道などはウルトラトレイルに通じるものがある、と話していました。だから、いつか日本の宗教の拠点でレースをやりたいという思いがずっとあったんです。そんな時に、延暦寺さんが「面白いんじゃないか」と声をかけてくれたのが大きかったですね。
実際に1200年の歴史と伝統ある天台宗の本拠地で、レースを開催してみるとやはり空気が全然違うんです。荘厳な雰囲気の中で走っていると、普段は考えもしなかった思考が降りてきたり、きついコースを走り終えた時に、自然と心にひとつのメッセージが宿ったりする。参加した選手たちもそう言っています。
我々が走っているコースは、まさに千日回峰行で使われるルートとほぼ同じなんです。絶景があるわけでもなく、正直、コースとしては地味で辛いだけかもしれない(笑)。でも、だからこそ、自分の内面と深く向き合える。言葉ではうまく説明できませんが、実際に来て走っていただくと、その特別な空気感はすごく感じてもらえると思います。
