非エリートで低く真摯な目線を持つ育成論者
彼は「ジャイアンツは、非エリートのいないチームになってしまっています」とも助言してくれた。勇気のある発言だと思った。チームはドラフト1位やエリートの選手だけで勝てるものではない。それなのに読売のドンは補強第一主義に陥り、フロントは場当たりの補強で仕事をした気になっていた。そして貴重な脇役の存在や育成の重要性を忘れてしまっていた。
非エリート、つまり異能異才を大事にしようという彼の言葉は、迷いながら私が進めていた育成選手制度を後押しし、巨人が育成に傾斜していくきっかけになった。そのころ、巨人のスカウト部に近畿大学野球部コーチ出身の山下哲治がいたことも幸運だった。彼自身も大学でレギュラーを取れなかった非エリートで、低く真摯な目線を持つこの育成論者が2006年1月にスカウト部長に就いて、私を支えてくれた。
山下と計らって、私は2006年の第2回育成ドラフトで7人を一挙に育成選手として指名した。他球団は4球団合わせて5人を指名しただけだった。他球団の嘲笑が聞こえるようだったが、山下は活舌の悪い低い声で言った。
「笑わせておけばいいです。誰かきっと出てきますよ」
その言葉通り、このドラフトで獲った外野手・松本哲也は2009年の巨人日本一の原動力となり、投手の山口鉄也に続き、2年連続で新人王を受賞した。
山下はスカウト会議のたびに、「スカウトは選手を獲ってなんぼや。失敗を恐れるな」と口を酸っぱくして言い、彼らに変革を求めた。わかっていながらこれを実践するのは難しい。ドンやフロントへの忖度があり、失敗すれば立場が危うくなるという保身の念があるからだ。
阪神タイガースがぶっちぎりでリーグ優勝した理由
ドラフトの結果は数年後に明らかになる。今年、阪神タイガースがぶっちぎりでセ・リーグ優勝をしたのは、以下に示す2020年ドラフトで大成功をしたからだ。
1位 佐藤 輝明 内野手 近畿大学
2位 伊藤 将司 投手 JR東日本
3位 佐藤 蓮 投手 上武大学
4位 榮枝 裕貴 捕手 立命館大学
5位 村上 頌樹 投手 東洋大学
6位 中野 拓夢 内野手 三菱自動車岡崎
7位 髙寺 望夢 内野手 上田西高
8位 石井 大智 投手 高知ファイティングドッグス
1位の本塁打王・佐藤を4球団競合の中で抽選で獲ったことを言っているのではない。50試合連続無失点記録を打ち立てる石井大智を8位で獲得したことに加え、8人の指名選手のうち、実に5人までが大活躍し、4番やエースに成長した。十数年前までは「ドラフト下手」と陰口を叩かれた阪神スカウト陣は変身を遂げたのだった。
それはスカウトとフロントが変わればチームが変わるということである。しかし、逆に言えばどの球団でも大変身する可能性があるということだろう。常勝球団に近づくためには、スカウトを中心にしたフロント改革に加えて、競合他社が簡単に模倣できない「コア・コンピタンス(Core competence)=絶対の得意分野」を見つける必要があるのだ。巨人が一時強かったのは、松尾や山下たちが支えた育成選手制度という「コア・コンピタンス」を抱いていたからだ、と私は信じている。

