全身がやせ細り、座っているだけでも激痛が……

 送迎は以前にもお願いした民間救急車の業者に頼み、運転も同じ人が担当してくれることになった。何かあった時のために、その事業所の看護師に同乗してもらう手配も済ませていた。依頼するとき、移動中に亡くなるかもしれない病状であることも納得してもらっていた。もちろん保雄本人は知らないが、もしそうなった場合には、在宅診療を担当する医師に対応してもらえることになっていた。

 お世話になった看護師さんや主治医の奥屋医師に挨拶を済ませ、病室をあとにした。最後にようやく目を合わせてくれた奥屋医師の顔が少しだけ残念そうに見えたのは、私がそう感じただけだろうか。

 病院側とのトラブルは一切なかったが、支払いに少し手間取った私を保雄は心配そうに待っていた。すでに脚にも身体にも力が入らないのに車椅子での帰宅を強く希望したからには、相当な覚悟があったはずだ。民間救急車に乗り込む前、保雄は久しぶりの外の空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。幸いにも晴天だ。

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自宅への移動は民間の救急車で行った 画像はイメージ ©mapo/イメージマート

 ただ、全身がガリガリに痩せてしまい、クッションを敷きつめた座席とはいえ、座っているだけでもお尻の仙骨が当たって、刺さっているみたいに痛いと訴えた。車が走り始めるとちょっとした道路の窪みのバウンドでも激痛が襲うらしく、顔をゆがめ、実際に悲鳴も思わず出てしまう。

 そのたびに路肩に停車してもらって、クッションや私のダウンコート、保雄の膝かけなどをお尻や背中と座席の間に押し込み、体勢を何度も整えた。ガタガタ揺れそうなところは最徐行してもらい、全体的に速度を落としてもらった。高速道路はできるだけ避けて、遠回りでもなるべく景色がいい場所を選んで走ってもらった。早咲きの梅の花が咲いている場所では少し車を止めて窓を開けるといい香りがした。お濠の水鳥が泳ぐ姿なども見ることができた。

「入院したのは10月だったからなあ、季節感がぜんぜんわからないよ」とお尻を痛がりながらも外を眺めて、明るく嬉しげな会話が続く。道中、お尻の痛み以外、苦痛を口に出すことはなかった。実際、見た目も苦しそうには一切見えなかった。

 幸いなことに渋滞はなく、1時間あまりで無事に自宅マンションの入り口に到着した。そこにはすでに在宅看護・介護を担当してくれるスタッフが全員並んでいて、出迎えてくれた。