尿でさえ愛しく思える
もともとにおいには敏感な人だが、入院中は隔離状態にいたせいか、まわりのにおいが気になって仕方ないようだった。
帰宅した翌日のこと、ベッドの上でずり下がってしまった身体を持ち上げようと、訪問看護師(訪看)から教わったようにビニール袋を背中に敷いてから、保雄の顔の真上に私の顔を近づけたら、おもいきり顰めっつらをされ、「口が臭い」と言われた。「うわっ、ごめん」と言っていったん中断し、すぐ歯を磨いてから戻って作業を続けた。それ以降、彼の顔のそばに行く時は、リステリンでうがいをしてからと心掛けた。
四六時中そばにいる私の食事を気にして、「ごはんはどうした」と1日に何度も訊ねる。しかし何も食べられない人の前で食事をするのは気が引けた。「何でもいいから食べなさい」と促されるのだが、においが気になって普通に食事はできなかった。保雄の見えないところで、コンビニのサンドイッチばかり食べていたら、最後のほうは見るのも嫌になってしまった。
尿は尿瓶を使って自分で取っていた。最初は100から200㏄くらいあったが、徐々に少なくなっていった。尿瓶を受け取ると「こんなに出たの、よかったぁ」と明るく言うことにした。トイレに流す時、尿でさえ愛しく思えるのはなぜだろう。
2日目の昼間、初めて少量の便が出た。ちょうど訪看さんが居た時だったので、お尻の洗浄の仕方や紙おしぼりを電子レンジで温めて使う方法、さらに本人が苦しくなく、簡単にオムツを付け替えられるよう、脚の位置や身体の曲げ方などちょっとしたコツを教えてもらう。
