「奴隷」と言われて

 実際、体は限界だった。何を口に入れても吐き出してしまい、もはや食べ物を見たくない。頭皮には自分の爪がつけた傷でかさぶたがデコボコしていた。油の摂りすぎで皮膚炎が悪化し、全身が象のように固くボロボロな肌砂漠と化した。私はこれ以上自分の身体を痛めつけることができなかった。

 自我が出てきた私に、姉さんの態度は今までよりずっとひどくなっていった。

「あんたのためにずっと言ってたんだよ‼」

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 ビジュアルとしての「作品」を保てないと思った姉さんは、会う人会う人全員に、「これ、私の奴隷だから」「犬なんで」などと紹介するようになった。自分が権力を持っているという誇示のためだ。

 ただし私も、「奴隷じゃありません」と否定するほど元気になっているわけではない。とはいえ、「奴隷です」とも言い切れない。

「あぁ、ははは……。どうも」

 ヘラヘラとした曖昧な薄ら笑いで頭を下げるのが精一杯。本心ではないから相手と目を合わせられるはずもなく、視線はいつも斜め下を向いていた。

©山元茂樹/文藝春秋

 小阪由佳Aは「なんでこんなふうに言われるんだろう」と腑に落ちないが、小阪由佳Bが「姉さんにまた怒られるよ」と言う。

 怒られたくない、怒鳴られたくない、叱られたくない、嫌われたくない。

 そんな私に、姉さんは思いつく限りの悪態を浴びせまくった。

「脳みそ腐ってるんじゃないの?」

「お前自分が馬鹿で何もできないこと、わかってんの?」

「ほんとただのデブだよね」

 人は「こいつ、私の奴隷です」とデブの女を紹介されたら、どう思うだろうか。

 もし「そうなんだ~!」とテンションが上がる人がいるとしたら、だいぶ問題がある。どう見ても変な2人の距離感を訝いぶかしがり、姉さんが離れた隙を見計らって、こっそり「大丈夫?」と心配そうに聞いてくれる人もかなり多かった。私は「大丈夫です」と答えるだけだったけど。