日本人の海外移住が注目を集めている。ワーキングホリデーの若者、子育て世代、富裕層、技術者や研究者、リタイア世代。日本をなぜ離れるのか。海外移住にはどんなリスクがあるのか。

 移住研究の第一人者・大石奈々さんが、日本人移住者へのインタビューやデータをもとに実態に迫った話題の書籍『流出する日本人——海外移住の光と影』(中公新書)より、一部を抜粋して紹介する(全3回の3回目/はじめから読む)。

(当記事では典拠を示す注記を省略しています。注記については中公新書『流出する日本人』でご確認ください)

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海外移住の大きな課題・医療

 海外へ移住する日本人にとって最も大きな課題の一つとなるのが医療である。日本のように、高水準の医療サービスを迅速かつ比較的安価に受けられる国は稀だからだ。日本語以外の言葉で体調や病状を医師に説明したり、治療を受けたりすることも、日本で生まれ育った多くの日本人にとっては負担が大きい。

 前項で述べたように、日本では永住権を持たない外国人が3ヵ月以上滞在して住民登録を行った場合には国民健康保険に加入でき、日本人と同じ医療サービスを受けることができるが、海外では必ずしもそうではない。

©beauty_box/イメージマート

 例えば、豪州では永住権を持たない外国人居住者に対して民間医療保険への加入が義務づけられ、移民局が確認を行ってからビザが発行されるが、ワーキングホリデー・ビザ申請者には加入をチェックする仕組みがない。そのため無保険で渡航する若者も少なくなく、現地で事故にあい高額な医療費を請求される状況に直面するといった問題も起こっている。

「終電まで待っても診てもらえなかったので帰りました」

 英国やオランダやドイツなど欧州諸国では、一定の条件を満たせば永住権を持たない外国人でも公的保険に入れるが、必要な医療サービスを受けるまでに時間がかかることは少なくない。実際に英国で就労していた日本人は、以下のように述べた。

「日本のドクターに診てもらったほうが安心ですし、治療も早いです。イギリスにいたときに熱が出たので、仕事帰りに病院に行ったことがあったのですが、医療費が無料なので、混んでいました。待っている人たちが多すぎて、結局、終電まで待っても診てもらえなかったので帰りました。4時間、5時間待ちましたよ。日本ではそういうことはないですよね」