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TVアニメ「BANANA FISH」が原作漫画を超えるとき

サブカルスナイパー・小石輝の「サバイバルのための教養」

2018/08/02

吉田秋生作品の一貫したテーマとは

「アッシュと英二の間に肉体関係はないんだけど、単なる友情を超えた、ものすごく深い精神的な結びつきがある。そこがなかなか説明しづらい所なんですよねえ。ファンにとっては『ボーイズラブ』の一言でくくって欲しくはない、という思いが強いですね」

小石「吉田秋生作品では、『海街diary』が一番有名やけど、実質的なデビュー作の『カリフォルニア物語』(1978年~81年)や『バナナフィッシュ』、それに遺伝子操作の問題を扱った『YASHA―夜叉―』(1996年~2002年)も含め、作品のテーマは常に一貫している。それは『傷つけられ、虐げられ尽くした魂の持ち主が、ハードなこの世界をいかにサヴァイヴしていくか』ということや。

 これらの作品の主人公たちは、両親の離婚、周囲の無理解、性的暴行を含む様々な虐待などにより、根深い他者への不信や憎悪を募らせており、時として激しい怒りや暴力を爆発させる。一方で、そんな彼らを絶望の淵から救い、生きるエネルギーを与えているのも、ごく少数の『心から信頼できる他者』との絆なんや。『バナナフィッシュ』ではアッシュと英二の関係がそれに相当する。アッシュは『傷つける他者』に対しては氷のように冷徹で、悪魔のように残酷にもなるが、『信頼する他者』の前ではあくまでも優しく、かつ信じられないほどナイーブや。辛口でハードボイルドな物語の核心には、極甘の純情が詰まっている。これぞ『ザ・少女漫画』やで!」

英二がアッシュの精神的パートナーだと分かる重要シーン

「そこんとこ、アニメ版はちゃんと描けているんですかね」

小石「それを判断するポイントの一つが、アニメ版の第2話で、アッシュと英二、そして黒人少年のスキップが、閉じ込められていた倉庫から逃げ出したものの、行き止まりの壁に阻まれてしまう場面やな。壁を前にアッシュは逃亡をあきらめようとするんやけど、英二は『どーせ死ぬんならなんだってやってやらあ!!』と啖呵を切って、腐った水道管を棒高跳びのポール代わりにして、壁を跳び越えてゆくんや」

壁を跳び越える英二 ※第2話より ©吉田秋生・小学館/Project BANANA FISH

「英二が『目が大きくてかわいいだけの少年』ではなく、アッシュの精神的パートナーたるにふさわしい強靱な意志を備えていることが明らかになる、重要なシーンですよね」

小石「棒高跳びの動きを手描きアニメで再現するなんて、考えただけでも頭痛がしてくるぐらい面倒くさそうやけど、作り手たちは敢えて『ポールの着地点近くにカメラを置いて、下から英二を狙う』という、実写ではほぼ不可能なアングルから、跳躍時の身体の動きを精密にアニメートしている。そして次のカットではカメラを上方に置き、英二が体を返す様を捉える、という具合や。原作では跳躍する英二の姿は2コマしかないから、映像化の効果は歴然としているわ。

 さらに、このシーンで注目するべきは、アッシュの反応の描き方や。原作では跳躍シーンの合間にアッシュの驚いた表情が1コマ挿入されるだけで、英二が跳び終わった後のアッシュの視線は、すでに追っ手の方に移動している。一方、アニメでは、英二の跳躍がアッシュの緑の瞳に映るシーンを挿入し、さらに英二が跳び終わった後もアッシュが呆然と英二が跳んだ方向を見上げる描写をすることで、『英二の跳躍が、いかに強くアッシュの心を捉えたか』ということを、しっかりと観る側に伝えているんや」

アッシュの緑の瞳に映る英二 ※第2話より ©吉田秋生・小学館/Project BANANA FISH

「確かにこの場面への拘りは、原作ファンにとってもうれしいところですねえ」