徳岡譲さん(仮名、52歳)はテレビ制作会社でディレクター職を務めている。20代から30代の間は激務が続いて結婚のことを考える暇もなかったが、40代で飲み仲間が次々に結婚したことをきっかけに婚活を開始。49歳のとき、同じ会社で当時31歳だった女性と結婚し、男の子を授かった。

 男性の育児参加が推進され、共働きの家庭が当たり前の時代。仕事と家庭のバランスに悩む父親も増えているはずだが、そんな父親の苦悩は母親の苦悩ほど語られる機会がない。なかなか表に出ることのない父親の“言い分”とは、どのようなものだろうか。

 ここでは、15人の中年男性が“子供を持つこと”について赤裸々に語った『ぼくたち、親になる』(太田出版)から一部を抜粋して紹介。「子供はいてもいなくてもいいか」と思っていた徳岡さんが子供を持つ決断をした理由とは――。ライターの稲田豊史さんが話を聞いた。(全4回の4回目/続きを読む)

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写真はイメージ ©AFLO

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出産が「閉じられている」

 結婚して、子供ができて、本当に色々なことが予想外でした。ひとつ、すごく感じたのは、子育ての前段階である出産が「閉じられている」ってことです。

 よく言うじゃないですか、「現代社会では死が遠くなった」って。大昔は日常生活の中でわりに遺体を目撃していたけど、今はそれが見えなくなっていると。それと同じで、現代社会では出産が遠くなりました。

 要は、出産が個人の体験になってしまった。ノウハウが受け継がれてない。親に自分を産んだときのことを聞いても、30年、40年前のことだから忘れちゃってるし、そのときの常識は今の常識と違う。なんなら間違っていて参考にならない。

 ネットには山のように情報が落ちてますけど、むしろ振り回されます。「ああしたほうがいい、こうしたほうがいい」という個人のノウハウが大量にクラウド化されてはいますが、その「説」のどれを採用するかはこっちで取捨選択しなきゃいけない。別のタスクが増える。初めての子供で、そんなことをしてる余裕なんて本当にない。

 もうひとつ思ったことがあります。よく、第二子は第一子に比べてざっくり育てる、第一子ほど手間をかけない、でも、のびのび育つっていうじゃないですか。じゃあ、なんで親がその適当さを第一子からいきなり持てないかっていうと、これも社会的に子育てのノウハウや経験が共有されていないからですよね。

 昔みたいに、ご近所なり所属コミュニティなり近隣に住む親族なりといった身近に赤ちゃんがいれば、自分の第一子は「第一子」ではありません。子育てのなんたるかのいろんなパターンを事前に観察してますから。せめて親が同居していれば、出産はともかく育児フェイズではもう少し安心感が出てくると思います。親は「第一子」経験者ですし。

 でも、今はそうなってない。