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ジョンの目の色が変わった物品
木村が芭蕉の有名な俳句「古池や蛙飛び込む水の音」の短冊を見せるとジョンの目の色が変わった。「ハウ・マッチ」と問い、「200万円」と答える。当時の200万円はおそらく現在の1000万円くらいはするだろう。それを知ってか知らずか、ジョンは一声「オーケー」と言った。
日本文化に関する本を読んでいたジョンはプライスという人が書いた俳句の本に「古池や蛙飛び込む水の音」があったのですっかり芭蕉が気に入っていたと、のちにヨーコは語っている。
「こういう類のものは他にないのですか」とジョンが訊いてきたので、良寛や一茶の短冊も見せると再び「オーケー」という。本当に俳句の心がわかるのだろうかと品子は訝しく思ったがジョンは芭蕉の短冊をしっかり胸に抱きしめて離さず、「私がこれを買って海外に持って行っても嘆かないでください」と言った。ジョンは日本の家を建て、日本の茶席をつくり、日本の庭で日本の茶を飲み、床の間にこれを飾って、日本人の心になってこの芭蕉を朝夕に見て楽しむから、日本人に売ったと思ってくださいと言うではないか。これほど細やかなまるで日本人のような心遣いをする客は見たことがないと、木村親子は感心した。
「きっとジョンは日本の家を建てたんでしょうね」と品子は懐かしそうに言って、それから二人を歌舞伎座に連れて行ったと続けた。ちょうど歌右衛門と勘三郎の「隅田川」をやっていた。