スクリーンの中の中山は、とても10年の間、スターとして活躍してきたとは思えない初々しさと透明感を湛えていた。強気で健気でしっとり耐える、多くの人がイメージする中山美穂像とはまた別の、イノセントさ、無垢さが画面に映し出されている。岩井監督は「撮影現場で僕たちが見ていた“素の彼女”ーー世の中にはまだ知られていなかった彼女の側面も、ちゃんとフィルムに刻めたんじゃないかなと思っています」と振り返っている(オリコンニュース 2025年4月17日)。

映画『Love Letter』【4K リマスター】オフィシャルサイトより

初号試写が終わった瞬間、その場で泣き崩れた

 脚本を読み込み、外見に頼らず内面だけで二役を表現した中山の演技は高く評価され、数多くの映画祭で表彰されたほか、これまで彼女の主演ドラマを見ていなかった韓国や中国、台湾などで爆発的な反響を巻き起こした。特に韓国では映画のセリフ「お元気ですか?」が流行語になり、後に続く映画やドラマにも大きな影響を与えたと言われている。

 何よりも大きな手応えを感じていたのは中山自身だった。初号試写が終わった瞬間、その場で泣き崩れた姿が目撃されている。これまで他人の求めに応じて“中山美穂”を演じ続けてきた自分が、初めて“他人”になった姿を目にして、堰を切ったように思いが溢れてしまったのだろう。

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岩井監督に手紙で「映画しかやりたくありません」

 キャンペーンの最中、岩井監督は「私、これからは映画しかやりたくありません」という手紙を受け取っている(スポニチアネックス 2025年4月5日)。2016年の読売新聞のインタビューでは「それまではアイドルアイドルした作品ばかり。女優業への憧れもあったけど、時代の雰囲気というか、ある種の“アイドル観”があったんです。そこを抜け出して大きな自信になった」と振り返っていた(2016年3月4日)。中山にとって『Love Letter』はそれだけ大きな作品だった。

岩井俊二監督 ©文藝春秋

「映画しかやりたくありません」という言葉のとおり、これまでローテーションのように作られてきた中山主演の連続ドラマは1年以上途切れる。

 その間にあたる1995年12月に放送されたオムニバスのスペシャルドラマ『聖夜の奇跡』の第2話「聖者が街にやって来る」に主演。共演は真田広之。脚本は『東京ラブストーリー』で頭角を現した坂元裕二氏、演出はアートディレクターの信藤三雄氏が務めた。普段の連続ドラマとは異なる座組が中山を動かしたのかもしれない。なお、このときの目玉は、さまざまな騒動で姿を消していた宮沢りえの復活と映画『恋する惑星』で話題になった金城武の日本デビュー作となる第3話だった。