「国対」と書いて、コクタイと読む。
国会に提出される予算案や法案に対する戦略を練り、審議や採決の日程を他党と折衝し、所属議員たちを論戦の場に送り込むため、各政党がそれぞれ党内に設けている「国会対策委員会」。永田町の人々はその組織のことを、当たり前の顔をして「コクタイ」と呼んでいる。
「寝業師」や「知謀家」とも
各党のリーダーは代々、与野党攻防の司令塔となる国対委員長のポストに経験豊富なベテラン政治家を据えてきた。人はよく彼らのことを「寝業師」や「知謀家」と触れ回る。
国会開会中、各党の国対幹部は早朝から国会議事堂内の小部屋に籠って党内の意見を調整し、他党と正論をぶつけ合う。夜は呉越同舟で酒を酌み交わし、お互いの腹の中を探り合いながら、知恵比べを演じている。
かつての55年体制下では、高級料亭での賭け麻雀や「袖の下」によって与党が野党を懐柔し、重要な局面で折り合いをつけるような因習もあった。スマホでいつでも密談ができるようになった今日はだいぶ“近代化”が進んだようだが、国対委員長というものが周到な根回しや腹芸、漢気が求められがちな「大人の役職」であることは変わらない。
「吊るす」、「寝る」、「お経読み」、「禁足」……。永田町でしか通じない数々の隠語と口伝の職人技を使いこなすことで、荘厳なる立法府を派手に動かせる一方、表舞台に立つ機会には恵まれず、重要法案の扱いを少しでも誤れば、泥をかぶることも余儀なくされる。
パンチの力加減を微調整していく
「自民党は強引だ」
「役所もどうかしている」
「でも野党はだらしない」
「国会なんて見ていられない」
昨今、政治談議が始まれば、必ずこんなやりとりに行き着くだろう。そんな世間の空気も読みつつ、パンチの力加減を微調整していくのも国対の重要な役目である。
7月22日、182日間に及ぶ通常国会が終わった。
政府提出の法案65本中、60本が成立。92.3%という成立率は「第2次安倍政権以降の6回の通常国会で3番目の高さ」(朝日新聞)で、衆院最大野党の立憲民主党は「76%で賛成」(日本経済新聞)したそうだ。巷で言われる通り、実際のところ「自民党は強引」で「野党はだらしない」戦いぶりだったのだろうか。
筆者はその真相が知りたくて、国会論戦の舞台裏で安倍政権との鍔迫り合いを繰り広げてきた野党3党の国対委員長に声をかけてみた。国会閉幕から2日後、地元選挙区に散っていた3氏は再び上京し、与野党攻防の裏側をざっくばらんに語り合ってくれた。
(司会・常井健一)
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総括するなら「与野党痛み分け国会」
――まずは182日間の国会論戦を終えたばかりの心境をお聞かせください。
辻元清美(立憲民主党国対委員長) 182日間にわたる通常国会をひとことで総括するなら「与野党痛み分け国会」。痛みを「分けた」ということは、数では野党が圧倒的に少なく、「ねじれ」の状況にもないわけだから、苦しんだ割にはよくも与党を土俵際まで押せたな、と。実際に国会日程を1カ月延長しないと、与党がやりたい働き方改革法案も、TPPも、カジノ法案も通せなかった。決して与党ペースではなかったということです。
それから、佐川宣寿さん(前国税庁長官)や柳瀬唯夫さん(前経済産業審議官)も国会に出てこざるを得なくなった。加計孝太郎さん(加計学園理事長)も「記者会見を開け!」という国民世論から逃げられなくなった。憲法審査会はたった1回、しかも5分しか開けなかった。安倍総理の思惑通りに国会が進まなかったのは、野党5党派が話し合って結束して戦えたからだと思っています。
泉健太(国民民主党国対委員長) たしかに、与党の数の力を考えれば、野党が勝ち取ったことが多かったと感じます。時には野党の中で戦い方を巡って見解が分かれることはありましたが、国会最終日には内閣不信任案を野党が一致結束して共同提出することができました。