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「史上最悪の国会論戦」を動かした「ハーゲンダッツ」と「保守の知恵」

「安倍一強とかく戦えり」野党3党国対委員長・緊急座談会 #1

2018/08/03

genre : ニュース, 政治

電卓を片手に自民党の国対部屋で……

玉城デニー氏

玉城デニー(自由党国対委員長) 僕は、国対の仕事もそんなに長くないんですけれども、自由党の幹事長と国対委員長という2つの重い草鞋を履かせていただきながら、それぞれの立場からいろんな話し合いができました。特に2月1日の裁量労働制を巡る厚生労働省のデータがねつ造されたことが発覚した件、3月2日の朝日新聞報道で森友学園との土地取引を巡る財務省決裁文書の書き換えが発覚した件で、野党が合同で役所のヒアリングを開いて、そこで徹底的に情報を引き出すことができました。

泉 1月に通常国会が始まった当初は、予算委員会の質問時間を野党から奪って首を絞めようという流れがありました。慣例では「与党2対野党8」の割合で質問時間が配分されるのですが、「5対5」などと迫ってきた。歴代の自民党国対は「野党に8割」を国会運営の基本にしてきたはずなのですが、今の一強多弱状態の国会で「フィフティ・フィフティで行こう」と言われた時、正直どうしようって思いました。

辻元 このノート、自民党の森山裕国対委員長と交渉する時にいつも持っていたものなんだけど……。

――ぜひ見せてください。

辻元 じゃあ、ここのページなら、お見せできるかな(写真参照)。「2対8」とか、「3対7」とか、「1対2」とか書いてあって、「2対8」だったら168分、「3対7」だったら252分……。その下には、朝9時から予算委員会を始めたら何時まで与党の質問になるかが書いてある。通常国会が始まった頃、私はこんな計算ばっかりやっていたわけ。森山委員長も私も電卓を持って、自民党国対の部屋で向かい合うわけですよ。そして、アイスクリームを食べながら、電卓をバチバチ叩いて、「これでどうだ!」、「これでどうだ!」と数字を見せ合う。そのうち、自民党が「与党5対野党5」と言っていたのが、「1対2」になって、「3対7」になって、最終的には慣例通りの「2対8」に戻して……。

辻元氏のマル秘ノート

森山委員長は「早く帰ってくれないかな」

――アイスクリーム?

泉 自民党国対の冷蔵庫には、ハーゲンダッツのアイスクリームがいっぱいストックされているんですよ。私も長年、国会対策を担当してきましたが、自民党と交渉する時に堂々とアイスクリームを食べながら居座る野党の国対委員長を見たのは初めてでした(笑)。

辻元 いきなり自民党の国対委員長室に乗り込んで、ソファーに座り込んで、相手が譲歩するまでずっと居座ったわけです。その部屋はいつもテレビのニュースをつけっぱなしだから、それを観ながら、ハーゲンダッツをもらって、まずは1個目を食べる。大体、チョコレート味ですよ。で、まだ決まらなかったら、「はい、次は抹茶味を下さい」と言って食べる。それでも譲歩しなかったら「はい、次はバニラ」とお願いして、また食べるわけですよ。

 ずーっと自民党の部屋に居るわけですよね。「もう、ここの机を借りて、ここで仕事するわ。ずっとここに居て、相談するほうが早いじゃん」とか言いながら。

自民党の国対室で「はい、次は抹茶味を下さい」 ©文藝春秋

――森山裕・自民党国対委員長もアイスクリームを食べるのですか。

辻元 森山さんは、抹茶味の1個ぐらいは付き合ってくれます。自民党からしたら、私は珍しいタイプのカウンターパートだったかもしれませんね。森山委員長は「早く帰ってくれないかな」と言わんばかりに、時計をチラチラ見たりしているんだけど、私たち野党にとって質問時間を削られるのは死活問題ですから「これでは自分たちの部屋に帰れませんよ!」と言う……みたいなことを続けました。

泉 かつての民主党時代だったら、日程交渉をするのは基本的に国対委員長どうしではなく、委員長代理の仕事でした。膠着した場合に限って、国対委員長が出てきてトップ会談するというパターンだったんだけれども、今回は双方の国対委員長とも実務能力が高く、粘り腰。そのおかげで、いまだかつてないほどのダイナミックな与野党国対になりました。