ところが2022年のペロシ米下院議長の訪問の際、中国が報復として実施した軍事演習に台湾社会は驚愕した。台湾への軍事侵攻を完全に想定した演習だったからだ。台湾を海と空から包囲して米軍の接近を許さず、電子戦や空挺部隊によって政府・軍・民間の重要拠点を電撃的に掌握しようという動きが見えた。
中国への当たりはかなり強い
その後も、2024年5月に就任した民進党・頼清徳政権に対して、その就任演説などに不満を抱くと、同様の包囲型の軍事演習を繰り返した。
結果として、台湾社会は台湾有事に対する一歩引いた態度から、少なくとも自分がどう関わるかについて、一人ひとりの受け止めが変わったと言われている。台湾の男子に対する兵役制度は4カ月まで短縮されていたが、2024年から1年に延長された。本来ならば世論受けが悪いはずの改正も、不思議なほど市民は静かに受け入れた。
頼政権は、前の蔡英文政権の路線である現状維持、対西側友好路線を継承はしているが、一方で、中国への当たりはかなり強い。それは頼清徳総統の思想、個性によるものと見られる。台湾世論への浸透を試みるインターネット上の認知戦工作も激しくなる一方で、安全保障の事実上の最高責任者である国家安全会議秘書長の側近が対中情報漏洩のスパイ容疑で摘発される驚くべき事件も起きた。
頼総統はここで思い切った手を打つ。2025年3月に中国を「反浸透法」の「境外敵対勢力」と断定し、17項目におよぶ軍事裁判の復活を含めた対策を表明したのである。中国で居住証や国籍、身分証を提供された台湾人には、台湾の国籍放棄を求める措置を講じることにした。中国からは非難の声も上がったが、台湾の世論調査では頼総統の支持率は下がらなかった。中国の統一工作は確かに目に余り、軍事的威嚇も厳しくなっている、との相場感があったためだ。


