「予防策はない」「水を飲んだだけでも詰まるから」

 痛いのはいやだから、なんとか腸閉塞を予防したいと思うわけだが、どの医師に尋ねても、予防策はないと言う。「詰まるときは、水を飲んだだけでも詰まるから」と、なんとも非情な返事が返ってくる。

 たしかに、洗面所のパイプも、とくに詰まるものを流したおぼえはないのに、よく詰まる。しかし、人間の腸となると、パイプスルーなどで通したくても、そうはいかない。

「詰まるときは水を飲んだだけでも詰まるんなら、心配してもしかたないな」と達観するわけにもいかない。なにしろ痛いのだから。いずれ激痛がやってくるとわかっていて、笑って暮らせるものではない。

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 2度目の入院のときに、6人部屋の中に、腸閉塞の先輩がいた。もう何度も入院しているということだった。あるときは、入院中に窓から見えていた、病院の向かいのラーメン屋にあこがれて、退院したその足ですぐに、お祝いとしてそのラーメン屋に行き、そこからまた病院に逆戻りして入院することになったそうだ。「病院のそばにはなぜかラーメン屋がある。あれはトラップだから」と言っていた。

 その先輩の言うには、「なれてくると、なる前に、少しおかしいなと気づけるようになるから、そうしたらいっさい何も食べない、飲まない。水も一滴も口にしないようにして、ひたすら歩く。そうすると、避けられる場合がある」というのだ。

 同室の患者のアドバイスというのは、だいたい役に立たない。鰯いわしの頭も信心からで、当人にはそれで効き目があっても、他人にはまったく効果がないことが多い。

夜中の踏台昇降が効を奏する

 でも、このアドバイスはとても役に立った。そのおかげで、何回、入院を避けることができたかしれない。お腹が詰まってきて少し痛くなったとき、すぐに家を飛び出して、どんどん歩く。1時間か2時間、ときにはもっと長くかかるが、それで詰まりが改善することがある。

 痛いと、ついお腹をかかえて横になってしまう。それが自然なのだが、これがよくないのだ。無理にも歩かなければならない。しかし、お腹が痛いのに歩くというのは、けっこうつらい。それに、夏の暑いときなど、水をまったく飲まずに、何時間も歩くのは危険でさえある。脱水になると、より腸閉塞になりやすいという問題もある(水を飲んでも、飲まなくても危険なわけだ)。また、冬の寒い夜なども、突然、外に出てあてもなく歩き続けるというのは、かなりこたえる。

 それで、ルームランナーとかも考えたのだが、どうもそれはちがう。けっきょく、部屋の中で踏台昇降をするための踏台を買ってみた。これがよかった。家を出ることなく、腸の詰まりを軽減できる。しかし、歩く以上にきついので、1時間くらいで限界がくる。

 腸閉塞の痛みは、夜中にくることもあり、眠っていて痛みで目がさめ、これはまずい、このままでは入院になると起き出して、夜中に踏台昇降をすることもある。一時間やってもだめで、少し休んで、さらにやってと、朝を迎えたこともある。痛みから逃れるための努力だ。

 そんな日々を、今、私は過ごしている。

痛いところから見えるもの

頭木 弘樹

文藝春秋

2025年9月11日 発売