――よく崩壊しませんでしたね……。
カンナム 3回くらいはクビになりかけてます。僕は韓国語を話せないのにメインボーカルになって、発音が課題になったんですけど、必死に言葉を覚え……るフリをしてました(笑)。週末は事務所に行って練習をがんばっている姿を見せたりすると、「あいつはすごい頑張ってるぞ」ってなって、どうにか社長が最後までやらせてくれたんです。
――同期のアーティストたちは売れていく中で、どんな気持ちでしたか?
カンナム 同期の他グループとは仲が良かったんですよ。でもみんなどんどん売れていって、僕たちは全くダメ。音楽番組の最後にみんなでステージに上がるんですけど、絶対に僕たちは一番後ろなんですよ。でも、みんな優しくて、僕たちに「前に出なよ」って言ってくれるんですけど、それも余計に辛かったですね。無視されたりしたら「いつか勝ってやる」みたいな感じになれるんですけど、優しいから恨むこともできなくて。
「康男は何やってんの」「歌はもう諦めろよ」
――同期がどんどん世界で売れていったんですね。
カンナム そうなんですよ。今はもう世界的なスーパースターばかりが同期なんですよね。僕はバラエティの方に行って、後にバラエティ番組でみんなと番組で再会できて嬉しかったですね。
――韓国での芸能活動が苦戦する中、日本にいる家族の反応はどうでしたか?
カンナム 僕のいとこがゴルフ選手なんですけど、僕がM.I.Bだったころに彼がゴルフの試合で優勝したんです。僕より2つ下なので比べられて、お正月などに親戚が集まった時に、「康男は何やってんの」「歌はもう諦めろよ」ってみんなに言われてました。
――それは辛いですね。
カンナム ところが僕がバラエティ番組で売れた後のお正月には、急にものすごく優しくされたんですよ。去年まではきついことを言ってきたのに、全員がコロッと変わって「サインください」って、50枚くらいサインしました(笑)。
――歌手というより、バラエティがブレイクのきっかけだったんですよね。
カンナム ヒップホップアイドルのままでは売れる気配がなかったので「1回だけバラエティ番組に出させてください」って事務所に頼んだんです。でも僕は喋るとカタコトで韓国の方からはちょっと可愛く見えるから、ヒップホップのイメージと違うと止められていたんですよ。

