返済の必要がない5000億円の事業資金
さて、その日、申込書と秘密保持契約書にサインをした蔵人は、さっそくベテランの嘱託社員に命じて入会金の万円をアジア経済協力会議所の口座に振り込んだ。
「170721-9010335321」
「入会審査合格おめでとうございます」「これからが本番です」などと記された案内文とともに送られてきた会員証に付された、このじつに長ったらしい数字の羅列が蔵人に与えられた会員番号だ。おそらくそこにさしたる意味はない。会員証には6色に塗り分けられた正六角形を月桂樹らしきものが両脇から支えているロゴが、もっともらしく目立つ位置に配されていた。
最初の訪問から10日後の7月31日、アジア経済協力会議所の専務理事から書面が送られてきた。表題には「ご面談のご提案」とある。
「前略/御免ください/入会手続きでご来所の折に、吉江様もおられましたし、入会審査でご遠慮頂いたケースも御座いますので、多くの事は申し上げられませんでしたが無事入会いただき秘密保持契約も終えられております故、資金者側の審査担当に提出する計画書作成にあたり一度ご面談の機会を頂き円滑に実行されるべくお話が出来れば幸いに存じます。入会審査時点では、資金使途がどのような事項を目的としているのかが理解できれば良い。というレベルでしたが、次の『計画書』につきましては、資金実行した場合の実現性が重要に成って参ります。既に『希望金額に見合わせたい』稚拙な計画書を提出して否決されているケースも御座います。その様な事無く進むことを貴殿同様に私も望んでおります」
資金“提供”を受けるための「事業計画書」
戦勝国の秘密マネーを管理する特殊機関「MSA」から資金提供を受けるためには事業計画書の提出が必要だった。ここで一点押さえておきたいが、蔵人が先生や専務理事から言われていたのは「資金融資」ではなく「資金提供」である。要は貰えるお金だ。そんなことは常識的にあり得ないが、蔵人がその点を気に留めた素振りはない。「資金提供」となれば贈与に当たるが、その場合の税務処理や、来たるべきコロワイドへの注入方法などについても、専門家に検討を委ねた形跡はない。蔵人がこの時点において気にしていたのは、本当に資金が出るのか、ただその一点であり、それに関しては、じつのところ、まだ半信半疑だった。
8月下旬、蔵人は先生から事業計画書作成に関する「助言」を複数回授けられている。その際、蔵人は同業大手のすかいらーくホールディングスや吉野家ホールディングスを買収したいとの秘かな野望も打ち明けていた。それにはざっと見積もって4000億~5000億円が必要だ。「私が動けば君が言っているよりも安く買えるよ」と、それを聞いた先生は不敵な表情で請け合うのだった。いずれにせよ、事業計画書では当然のことながら具体的な資金使途を明示する必要があり、その総額は基幹産業に相応しい巨額のものでなければならなかった。
