大庭と児玉のおよそ10分の密会

 この年1月、児玉はアメリカの航空機メーカー、ロッキード・エアクラフト・コーポレーションとの間で極秘のコンサルタント契約を結んでいた。児玉は1958年からロッキードの秘密代理人として日本国内で暗躍しており、主力戦闘機F-104の採用などで力を発揮したとされるが、この時は同社の最新鋭旅客機「トライスター」を航空会社に売り込むことが契約の趣旨だった。

 天皇直訴事件などで入獄と出獄を繰り返していた右翼活動家の児玉は戦時中、海軍航空本部の求めに応じて中国・上海で物資調達の特務機関を取り仕切り、戦後は一転して政財界の裏に通じたフィクサーとなった。終戦のどさくさに紛れてダイヤモンドなど調達物資の一部を日本に持ち帰り、それが鳩山一郎を旗頭とする日本自由党の結成資金に充てられたとの説は有名で、政界フィクサーの辻嘉六とも親しかった。

児玉誉士夫氏 ©時事通信社

 およそ10分ほどだったとされる帝国ホテルにおける密会で、児玉の側からトライスターの話が出たとは、その後の関係者証言や経緯などを踏まえると、考えにくいところだ。当時、全日空は与党総会屋に上森子鉄を恃んでおり、社内外に様々な反発を生んでいた社長就任にあたり、大庭が何の躊躇もなく隠微な影をまとったフィクサーのもとに馳せ参じた事実は、かつてがそういう時代であったことをあからさまに物語っている。

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500億円の融資斡旋

 さて、大庭の社長就任から10日ほど経った6月10日頃、全日空で常勤顧問を務める長谷村資のもとに融資を斡旋したいとの連絡が入る。長谷村は日本銀行やアラビア石油(後に富士石油と経営統合)などを渡り歩いた後、佐藤栄作の秘書官を務めるという異色の経歴の持ち主で、前年6月に全日空入りしていた。当初担当したのは東亜航空(後に東亜国内航空)との合併問題だ。いわば特命担当顧問である。そんな長谷村に話を持ち込んだのは、かつて昭和石油(後に昭和シェル石油)の社長室に勤めていた堀井雅彦なる男だった。

 いわく、アラブ産油国の巨額資金がスイス銀行や中東系の英国銀行などに預けられており、そのなかから融資が受けられるという。英蘭系のロイヤル・ダッチ・シェルと資本提携を結んでいる昭和石油は融資を受けられなかったが、外資とは無縁の全日空なら可能だともいう。堀井は長谷村に対し、東洋曹達工業(現在の東ソー)の会長名が入った融資申込書も見せるのだった。

 その後、全日空には件の融資話の関係者として河野雄二郎なる人物が現れる。新東京国際空港公団の前総裁である成田努からは、その者を身元保証するような電話があった。大庭と長谷村で河野と面談したところ、提示された融資額は500億円である。全日空がその年3月期に計上していた営業収益は284億円で、総資産にしても333億円の規模だったから、それらをはるかに上回るという巨額の融資額だ。そうこうするうち、島津正久なる人物も関係者と称し全日空にやって来た。