母親が「殺してやる」と怒り出してBの首を絞めてきた

 母親に対する寂しさをまぎらわすため、Bは中学生のころから年上の女の子とつき合い始める。高校1年生のときには、喫茶店のウェイトレスをしていた1歳上の女性と交際する。母親とは逆のタイプで、甘えさせてくれる存在だ。ある日の朝、Bがなかなか起きられず、彼女はBの自宅まで迎えに来た。その様子を見た母親が「殺してやる」と怒り出してBの首を絞めてきた。

 結局母親によってBは彼女と別れさせられ、そのころから家庭内暴力を振るうようになる。母親に手を上げることはしなかったが、激しくものに当たった。1988年8月、小遣いをねだって壁を叩いたところ、母親が警察に通報したことがあった。自宅に来た警察官に「そんなふうに家を壊す子はウチの子じゃありませんから連れて行ってください」と突き放したという。それ以来、家庭内暴力は収まったが、家にも帰らなくなる。新たな居場所がCの家だった。

 Cの1歳上の兄GとBは同級生で、C兄弟とは小学校の学童保育も一緒で、幼いころから遊ぶ仲だった。DもBらと同級生だ。被害者を連れ去り監禁を始める2カ月ほど前からBはCの家で過ごすことが多くなる。

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 1988年9月、Gのバイクが盗まれたことがあった。Bは1歳上のAにバイク捜しを手伝ってもらい、これをきっかけにAは10月ごろからCの部屋に出入りするようになる。Bが暴走族とのあいだに起きたトラブルをAに相談してからは、Aと行動を共にするようになり、彼らのあいだに主従関係が生まれる。Aを中心とする不良仲間は、自動車などの窃盗や、見ず知らずの女性を連れ去って強姦することを繰り返していた。Bも何度か加わった。 

 1988年11月25日夜、AとCが自転車で帰宅途中の女子高校生X子さんを襲い、Cの自宅に監禁し、凄惨な事件が始まった。40日間にわたる監禁のあいだ、少年たちは抵抗する彼女を何度も強姦。Bは逃げようとしたX子さんをつかまえ、AやCとともに激しい暴行を加えた。12月中旬を過ぎると、性の対象としての興味をなくし、顔が変形するほど殴ったり、皮膚をライターであぶったりと、壮絶な暴行を続けた。

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