直木賞に続き、読書メーター OF THE YEAR、未来屋小説大賞、「あの本、読みました?大賞」など数々の賞へのノミネートが引きも切らない『踊りつかれて』。デビュー作『盤上のアルファ』から15年にわたり塩田さんへのインタビューを重ね、作品を追い続けてきた吉田大助さんが、デビューから最新作『踊りつかれて』に至るまでの軌跡を辿ります。(前編/後編はこちら)
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どエンタメから社会派ミステリーへ
第173回直木賞へのノミネートも話題となった『踊りつかれて』(2025、文藝春秋)は、当代きっての社会派作家として知られる塩田武士の最新長編小説だ。著者がこれまでに発表してきた数々の作品は全て、この一作に辿り着くための道のりだった。まずはそう記してから、作家の履歴を振り返っていきたい。
出発点はもちろん、2010年に第5回小説現代長編新人賞を受賞したデビュー作『盤上のアルファ』(2011年刊、現在は講談社文庫)だ。のちに第23回将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞の栄誉を得ることとなる本作は、2人のやさぐれ中年男の視点をスイッチしながら進んでいく。1人目は神戸の新聞社の記者で、上司に嫌われ社会部から文化部へと左遷されたばかりか、門外漢にもかかわらず囲碁将棋担当を命じられた秋葉隼介。2人目の主人公は、丸坊主に黒のタンクトップ姿で、下駄を鳴らして歩く真田信繁だ。将棋のアマチュア王者として君臨する真田が、飲み屋で出会った秋葉と大げんかの果てに、なぜか彼の家に転がり込むかたちで同居生活の幕が開く。無職の真田が挑むのは、33歳のアマチュアがプロ棋士になるための唯一の制度「奨励会三段リーグ編入試験」だ。一発逆転を目指して突き進む真田の姿を目の当たりにして、秋葉は消えかけていた記者魂を再燃させる。〈書きたい。何より、この原稿が書けるのは日本中で自分だけだ〉と。
単行本刊行時、著者にインタビューをおこなった。当時はまだ現役の新聞記者(「神戸新聞」の将棋担当記者)だった著者は、記者として得た膨大な経験や知識、作家になる夢を長年追いかけてきた自分自身の心情を物語に込めたと語ってくれたのだが、もっとも印象的だったのは〈「熱くなれよ!」というメッセージを伝えたい〉という言葉だ。
〈熱いほうが人生、絶対楽しいはずだと思うんですよ。斜に構えてる人って、人生の大半を損してると思うんですよ。僕ね、信じれば夢叶う、というのはすごくチープな言葉だと思うんです。「夢が叶う」っていう、結果が担保されてる言葉だから。そうじゃなくて、「やるべき時にやれ!」と。「全身全霊傾けろ!」と。「人間が成長する唯一無二の方法はそれじゃないのか!」っていうメッセージを、『盤上のアルファ』という小説には込めています〉(「小説現代」2011年2月号より)
初期の塩田作品の代名詞は、この「熱さ」だ。泥臭いとも評されかねない「熱さ」が、主人公たちの胸に宿る姿を著者は何度も描き出してきた。そんな彼らのことを、読者は応援したくなる。逆境からの逆転を願い、その実現を喜ぶ。初期の塩田は、どエンタメ小説の書き手だった。
そのモードがガラッと変わったのは、『罪の声』(2016年刊、現在は講談社文庫)からだ。周知の通り本作は、第7回山田風太郎賞を受賞し「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門第1位に輝くなど、著者が社会派ミステリーの旗手として一躍注目を浴びるきっかけとなった。
京都でテーラーを営む曽根俊也は、父の遺品の中から黒革の手帳とカセットテープを見つける。テープを再生してみると、男児の声が流れ出した。それは31年前に関西を中心に発生し未解決のまま時効を迎えた、通称「ギン萬事件」の恐喝に使われたテープだった。そして、プロローグの最後の一文が現れる。〈これは、自分の声だ〉。一方、大日新聞の記者・阿久津英士もこの未解決事件を追い始めていた。2人の運命はやがて交錯し、驚くべき真実が露わなものとなる。


