地元住民だけでは復興が難しい
日吉さんは今、復興のスピード感が気になっている。既に発災から2年が過ぎた。
「東日本大震災の被災地を視察した時、区画整理を早く進めるなら行政主導、地域住民の思いをまとめるには時間がかかると聞きました。では、行政が主導した場合は住民が住みたいまちになっているか。一方、住民の思いが反映できるよう進めた結果、完成した時には人が戻って来ず、空き地が目立つ地区もあると知りました。どうバランスを取っていけるかが課題です」
視察でもう一つ感じたのは、「地元住民だけでは復興が難しい」という点だった。
「新たに外部から来た人が牽引していました。過疎化が進む能登では若い人が少なくなっています。外から興味を持って来てくれる人を受け入れ、融合していかなければ復興はうまくいかないでしょう」と語る。
その点、輪島にはメリットがある。
「全国的な知名度があるからです」と日吉さんは言う。外からの人材に来てもらいやすい。奥能登には能登空港もあり、車で金沢まで行くよりも、もしくは金沢-東京間の新幹線移動よりも早く東京に着く。
苦しいことは多くなる一方だが…
一方、「知名度に安住し、皆が協力してまちを盛り立てようという部分が弱かった」(60代男性)と指摘する人もいる。日吉さんも「復興関連で能登の事業者が集まる会合にちょこちょこ参加していますが、輪島の人間が少ないのが気がかりです」と話す。その点、隣の珠洲市は外部の人材と協力が上手だと評されることが多い。半島の先端にあり、国勢調査を基にした推計人口が2025年8月で1万人を切るなど、追い詰められているのが背景だろうか。
被災後に15%もの人口が流出して人口が2万人を割り、今もまだ復旧さえままならない地区が多い輪島も、底力の見せどころなのだろう。
「これから苦しいことが多くなります。でも、できるだけ楽しめるようにしていかないと」と日吉さん話す。
「思いが100%実現できるわけではありません。最終的に『ここに住んでいてよかった』と皆が思えるような形にしていくのが理想です。輪島を離れた人も進んで出て行きたかったわけではないでしょう。『戻ろう』と思った時に『お帰りなさい』と温かく迎え入れられるようなまちにしていきたい。個人的には私は酒蔵を再建し、商売を成り立たせるために挑戦します。それが地域貢献につながっていけばいいなと考えています」。笑顔でそう結んだ。
撮影=葉上太郎
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