え!? あの齋藤ジンさん?
田中:連載から60年近く経っていますし、ゲストの方々の著作権継承者を探すのは大変ではなかったですか?
臼井:はい。特にジャーナリストの大森実さんは、早くに海外へ移住されていて情報が少なく……。それで、大森さんの評伝『大森実伝』の著者であり、文春から『かなえびと 大野寿子が余命1カ月に懸けた夢』という本を出された毎日新聞の小倉孝保さんに連絡をしたんです。最初は小倉さんも「大森さんの奥様もお亡くなりになっているので、分からない」とのことでしたが、後日、「すごいことが分かりました」とメールをいただきました。なんと、大森さんの奥様のお姉さんのお子さんが、齋藤ジンさんだというんです。
田中:え!? あの齋藤ジンさん?
臼井:そうなんです。今、売れ売れの文春新書『世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ』を書いてくださった。
田中:それは驚きですね。
臼井:すぐに新書の担当編集者に確認してもらったら、本当にその通りで。ご本人も「おじもおばも喜ぶと思います」と快く許諾してくださいました。「幸せは近いところにあった」みたいな(笑)。
田中:まるで清張先生が後ろで「頑張れ」と応援してくれているようですね。
臼井:本当にそう感じました。ただ一つ、どうしても分からなかったのが、連載時に毎回掲載されていた清張先生の似顔絵を描かれたイラストレーターの方です。本の表紙と扉にも使わせていただいたので、もしこの絵に心当たりのある方がいらっしゃいましたら、ぜひ編集部にご一報いただければと思います。
聞き出し役としての清張
臼井:清張先生は対談後記で「上手な聞き出し役になれなかったようである」と謙虚に書かれていますが、とんでもない。ゲストの懐にすっと入り込んで、見事に本音を引き出していますよね。
田中:本当にそう思います。最初の東久邇稔彦さんが二・二六事件の時のことを率直に語られていたり、美濃部亮吉さんが治安維持法で逮捕された留置場での話をユーモラスに話されていたり。
臼井:洋画家の林武先生が、ご自身の浮気を自白してしまう場面もありました(笑)。
田中:対談相手の方々も、ほとんど明治生まれで、激動の時代を生き抜いてこられた気骨のある方ばかり。その方たちが、清張先生だからこそ、ここまで率直に語ってくださったのだと思います。
臼井:対談を読み通すと、ゲスト同士の意外なつながりが見えてくるのも面白いです。東久邇さんの対談で外務大臣として登場した重光葵が、大佛次郎さんの対談では、大佛さんが外務省に勤務していた頃の上司として出てきたり。
田中:清張先生ご自身が聞きたいこと、知りたいことをテーマにされているから、それが後の作品の取材にもなっていたのでしょうね。政治、経済、文学、考古学まで、すべて先生がご自身の作品で書かれてきたテーマばかりです。
臼井:今回、書籍化にあたって、現代の読者が読みやすいように注釈をたくさん加えました。元の連載にも清張先生ご自身が書かれた注があったのですが、それに編集部註を補う形にしています。
田中:字も大きめで読みやすいですね。
臼井:まさか自分が松本清張さんの“新刊”を編集できるとは思ってもみなかったので、本当に夢のようで、嬉しいお仕事でした。
田中:松本清張作品は今も全く古びていません。『点と線』はイギリスで10万部を超えるベストセラーになっていますし、ドラマ化も絶えません。この本も、また新しい視点から清張作品の面白さを発見してもらえる一冊になれば嬉しいですね。

