「岡崎さんはいつもスーツにネクタイ姿で、身なりはしっかりしていた。晩年はフリーの投資顧問みたいな感じで、人に株のアドバイスをして小遣いをもらっていた。ただ、株の予想は全然当たらず、みんな大損をこいていました」(同前)

競艇で多額の借金を抱えた

 稲葉と知り合ったのも、株の繋がりだったという。

 2人を知る株仲間が言う。

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「株の世界にハマっていた稲葉に、共通の知人が岡崎さんを紹介した。株の情報交換をするうちに親しくなっていったようですが……」

 対等だったはずの関係は、徐々に変容していった。

「岡崎さんは競艇が好きで、いつも大穴ばかりに賭けるんです。それで負けが込んでいき、多額の借金を抱えるようになった。稲葉にもカネを借り始め、頭が上がらなくなっていった」(同前)

 あるとき稲葉は、岡崎のことをこんな風に言って、せせら笑ったという。

「あの野郎はカネも返さないし、本当に世話のやける奴だよ。あいつが“買い”と言ったら“売り”だな。嘘ばっかりつきやがって」

岡崎から“SOSの電話”「ワケあって青森で生活している」

 そうした中、前出の共通の知人は23年の夏頃、岡崎から“SOSの電話”をもらったという。そのときの声は少し暗い様子だった。

「実は今、ワケあって青森で生活しているんだけど、近くのコンビニまで歩いて20分もかかるんだよ」

 その言葉に、この知人は“稲葉の影”を感じ取った。

「なぜなら、少し前に稲葉から『全国の古民家を買い漁っている』と聞いていたから。それで私が『もしかして稲葉の買った家?』と聞いたら『ピンポン』と。いつ帰ってくるのかを聞いたら、『冬が来るまでには帰らせてもらえると思う』と言っていました。稲葉に命令されて、住まわされていたんです」

 まさにこの物件が、4件目の火災現場となった場所。前述の青森の事件で登場した「老人」は、岡崎のことだったのだ。

「可哀想だからしばらくして自転車を送ってあげたら“宛所不明”で返ってきちゃったんです」(同前)

 火災が発生したのは、それからすぐのことだった。

カネの取り分で揉めているようだった

 青森から帰って来ていた岡崎は、この知人に対してこうも言っていた。

「稲葉の野郎、ケチなんですよ。私の取り分をくれないんですよ」

岡崎も住んでいた青森の古民家跡

 共通の知人が続ける。

「深くは聞きませんでしたが、何やらカネの取り分で揉めているようでした。いま思えば、恐らく保険金のことでしょう。紋別の火災の後、稲葉が『なかなか火災保険がおりないんですよ。保険会社は払わないように仕向けてくる』と、ボヤいていたこともあった」

 24年の春。岡崎は稲葉の親族が持つ上富良野町のアパートに住み始めた。

 前出の近隣住民が語る。

「菓子折りを持って挨拶に来られた際、月500円の町内会費の話をしたら『払いますよ』って。でも『そんなに長くはいないと思う』とも言っていたんです」