2024年の元日に能登地方を襲った巨大地震。同じ年の9月には水害も発生し、大きな被害をもたらした。震災のあと、復旧や復興について「遅い」とか「早い」などと色々な言説が飛び交っているが、2年が過ぎた今、実際どのようになっているのだろうか。
私は震災の直後に現地に入ったこともあり、その後も気になって度々能登を訪れている。震災から2年が経過するのを前に、改めて能登を訪れた。但し、これまでは取材のために訪れているが、今回は取材ではなく能登を楽しむことを目的としていた。そこで見た能登のマニアックな魅力とリアルな現状をご紹介したい。
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珠洲市で見つけた幻想的な珪藻土採掘跡
私が住む岐阜から能登半島の先端まで、高速道路を使っても5時間はかかる。宿泊が前提になるのだが、まず宿探しから難航した。震災から2年が過ぎようとしていたが、営業を再開しているホテルや旅館はとても少ない。能登半島の付け根に近い和倉温泉でさえ、半数以上の旅館が営業できていないのが現状だ。再開していたとしても、復興の工事やボランティア関係者だけを対象としている宿もある。
今回は、特に被害の大きかった珠洲市で一般向けに営業している民宿を見つけ、予約することが出来た。ちなみに、宿泊予約サイトやグーグルマップで検索するとホテルや旅館は非常に少数だが、能登で泊まれる宿を紹介している専用のサイト「能登ステイ」では多くの宿が表示され、とても便利だった。
まずは能登半島の先端に位置する珠洲市の北部を目指す。
目的地へ向かう道中、海沿いの道を走っていると、途中の見附島を過ぎたあたりで気になる光景を見つけ、思わず車を停めた。山の斜面にポッカリと穴が開いているのだ。
近づいてみると角張った切り跡があり、石切り場の跡のように見える。しかし、調べてみると珪藻土の採掘跡であることが分かった。
珪藻土は藻類である珪藻の殻の化石が堆積してできる土で、濾過材や断熱材などとして幅広く利用されている鉱物だ。珠洲市は珪藻土の埋蔵量が日本一で、古くから七輪づくりなどに利用されてきた。石切りのように角張った形をしているのは、切り出した珪藻土をそのまま形を整え、七輪やコンロにするためらしい。
しかし、その採掘跡がなぜこんな丸見えの状態になっているのか。どうやら、震災前までは坑口の前に旅館が建っており、目隠しになっていたものの、震災により旅館が被災し解体されたため、現在の光景になったようだ。
気になる光景の意外な経緯を知ったところで、本来の目的地を目指す。







