手つかずの被災建物も一定数残っている

 能登半島を周回する国道249号を走っていたが、大谷峠を穿つ大谷トンネルが震災で大きな被害を受け、通行止めが続いている。トンネル内に小さなトンネルを設けて仮復旧させる工事が行われていたため見てみたかったが、随分と手前から通行止めになっており、遠目にも見ることはできなかった。

国道249号の大谷トンネルは手前から通行止めに
豪雨災害の復旧作業が行われていた

 迂回路を通って大谷峠を越え、再び海岸が近づいてくると、倒壊したままの家屋が目に入ってきた。家の中に大量の土砂が入り込んでいる。水害によるものだろう。大規模な復旧工事が進む一方で、手つかずの被災建物も一定数残っていることを実感する。

土砂が堆積したままの家屋

 海に出て国道249号を西に向かって走っていると“塩”とだけ書かれた看板が。

ADVERTISEMENT

気になった塩の看板

 つい気になったので、立ち寄ってみることにした。私は最近、旅先で醤油や味噌の蔵元を積極的に訪れているのだ。

取材ではないため、この記事ではお店の屋号等は伏せさせていただく
 
製塩所の周辺にも地震の爪痕が残っていた

 入り口が暗くて少し不安だったが、奥に進むと驚きの光景が広がっていた。単に塩が売られているだけではなく、釜で塩水を煮詰める作業が行われていたのだ。

塩を買おうと立ち寄ると製塩作業を見学することができた

 しばらく見守っていると、作業をしていた熟練の男性が手を止めて、塩づくりについて説明してくれた。

 能登地方では、日本で唯一、“揚げ浜式製塩”という手法で塩づくりが行われている。まずは海水を砂の上に撒き、天日乾燥させて塩を結晶化させる。塩の結晶が付着した砂を集めて海水をかけ、得られた塩水を窯で煮詰めてようやく塩が出来上がる。

塩水を煮詰めて結晶化させる最終工程

 ふらっと立ち寄った先で思いがけず伝統的な塩づくりの現場を見学することができて、とても得した気持ちになった。

地震で落ちた岩や倒れた電柱、電線がそのままに

 色々と寄り道をしたが、本来の目的地である鞍崎灯台を目指す。といっても灯台巡りをしたいのではなく、用事があるのは灯台の下だ。私は道マニアとして全国津々浦々の魅力的な道を巡る趣味をしている。いま走っている国道249号のトンネルが灯台の近くにあるのだが、その旧道の使われていないトンネルが灯台の真下にあると聞き、見てみたいと思っていたのだ。

旧鞍崎隧道を目指して国道249号の旧道を進む

 旧道の入り口に車を置いて歩き始めたが、事前に調べていた情報とは状況が大きく異なっていた。楽に歩いてトンネルまでたどり着くと思っていたが、実際には藪が酷く、草をかき分けながら進むしかなかった。また、切通しの区間では巨大な岩がいくつも転がっていた。

地震で落ちてきたであろう巨大な岩

 電柱も倒れており、電線が草木に埋もれている。

旧道沿いに放置されている電柱

 思えば2年前にこの近くを走った時も、国道上に巨大な岩が転がっていて、通ることができなかった。現役の国道であれば復旧されるが、使っていない廃道であれば、当然そのまま放置される。

灯台の近くには折れてしまった電柱もあった

 電柱も然りで、新たな電柱を建ててインフラを復旧させることが最優先で、倒れてしまった電柱の撤去まで手が回らないのだろう。廃道を訪れることで、そうしたことに自ずと気づかされた。