お目当ての七海隧道へ向かうと…

 車内でズボンを乾かしながら、穴水町にある国道249号の七海(しつみ)第三隧道に向かった。七海第三隧道のすぐ脇には、旧隧道が顔を覗かせている。

七海第三隧道現道(左)と旧道(右)

 こちらが今回のお目当てだ。多少の藪を歩くだけですぐに到達できた。

 隧道内は1車線程度の幅があり、レンガで巻かれている部分と素掘りの部分が混在していた。

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旧七海第三隧道内部

 隧道を抜けると、この先に第二隧道がある。しかし、藪が深く歩くのが困難だったため、いったん戻ることにした。現道で回り込み、反対側から七海第二隧道を目指す。

七海第二隧道。この左側に旧隧道があるはずなのだが

 しかし、こちらは困難を極めた。そう遠くない地点に隧道があるはずなのだが、激しい倒木と藪に阻まれて見えない。倒木を乗り越えても、地形が変わっていて隧道が見つからない。事前に調べた情報ではすぐに到達できそうだったにもかかわらず、ここまで手こずるということは、地震や水害により土砂崩れが発生し、坑口が完全に埋もれてしまったのかもしれない。

激しい倒木を乗り越えたが、隧道は見えない

 能登半島の観光地や探索先に関する情報は震災前の物がほとんどで、震災後の情報は非常に少ない。大きく状況が変わっていることが多いので、いつの情報かを確認することが重要だ。

斜面に登るなどして確認したが、地形が変わってしまったようだった

大規模な工事現場をいくつも通りながら輪島市から志賀町へ

 七海第二隧道は見られなかったが、気を取り直して輪島市に向かった。お土産に塗り箸を購し、昼食を摂ったのち志賀町へと移動する。途中、大規模な土木工事現場をいくつも通った。

移動中、地形を変えるほどの仮設路を何度も通過した

 崩れた山の法面を安定させるために築かれた壮大な足場や、地形を変えるほどの道路工事など、圧巻そのものだ。

大規模な法面工事

 それほど大きな災害であったことを改めて実感させられる。

 志賀町では建物が存在せず巨石だけが祀られている神社、高瀬宮にお参りし、その後、七尾市に移動、日用川に架かる昭和橋を見学した。

高瀬宮
巨石だけが祀られている

 昭和橋はその名に反して平成4年に架けられており、何よりも珍しいのは木造橋という点だ。木橋は生活道路として今も利用されており、時おり自動車が通行する。

生活に溶け込む昭和橋
重量制限は2t

能登の復旧・復興は早いのか遅いのか

 ここで日が傾いてきたため旅の行程を終え、帰路についた。

 2年前の巨大地震と水害の爪痕は今なお色濃く残っており、ほぼ手つかずのまま放置されている地域もある。その一方で、生活に必要なインフラの仮復旧は完了し、復興も力強く進行している地域もある。どちらに注目するかで、復興が進んでいるとも、進んでいないともいえるのが能登の現状だろう。

 能登の復旧・復興が早いか遅いかと聞かれたら、その人がこれまでに発生した他の災害現場を経験しているか否かによって、大きく評価は変わるだろう。能登の被災地は、今まさに大規模に復興に動いている。この現場だけを見れば凄いと思うが、阪神淡路大震災や東日本大震災等の現場でも同じようなことが行われてきた。そして、そのスピード感は、過去の災害のほうが早いと感じる。