「父が家を見て『狭いね』と言ったんです。その言葉を聞いて…」父親の出所後、一家離散した理由

――本に登場する、お母様によるお父様への評価の言葉「世界の平和を語る前に家庭の平和を顧みない」が印象的でした。そうした言葉をお母様から聞かされてきたわけですが、だいぶ男性観や結婚観に影響を与えてられていそうですね。

梶原 「もし自分が結婚するなら、絶対に指名手配犯ではない人にしよう」とは思いました(笑)。あとは、他人の分まで全部食べてしまうような人、いわゆる「食い尽くし系」も嫌ですね。でも、「男性全体がクズだ」とは思いませんでした。

 むしろ、「母のようにはなるまい」と。何でもやってあげて相手をダメにしてしまうのは良くないなと反面教師にしていました。

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父親の裁判資料(写真提供=ブックマン社)

――お父様が出所された後、2年ほど一家3人で暮らして「家族解散」となったそうですね。

梶原 父が出所してきて、みんなで2階建ての借家に引っ越したんですが、その家を見て父が「狭いね」と一言言ったんです。その言葉を聞いて、それまで必死に父を支えてきた母の何かが、プツンと切れてしまった。母は急に友達の家にばかり行くようになって、家に帰ってこなくなりました。

――その状況を、どう見ていましたか。

梶原 私自身も「早くこの関係から抜け出したい」と思っていたので、こういう形で終わりになるなら清々するな、と思いました。自分から家を出ると、なんだか自分が悪いみたいになってしまいますが、家族全体がパーッとなくなるなら、誰のせいでもないですから。

「父が崖から落ちて大怪我をした」離婚した父親と母親が、また一緒に暮らし始めたワケ

――お母様に「お父さんを見捨てよう」と言ったことは?

梶原 ありませんでした。母は「今別れたら、彼の社会復帰の妨げになる。ここまで支えたんだから、保護観察が終わるまでのあと2年は面倒を見る」と言っていました。そして、その言葉通り、保護観察が明けた日に離婚しました。逃亡生活中は籍を入れていなかったのですが、父親が逮捕された後に入籍していたんです。

――離婚したものの、今現在ご両親は一緒に暮らしているそうですね。

梶原 父は木の伐採の仕事をしていたんですけど、崖から落ちて頸椎を損傷する大怪我をしたんですよ。それをきっかけに、また母が面倒を見ています。再婚は絶対にしたくないと言いながら、二人で暮らしています。父がNetflixを見たいけど設定ができないから母がやってあげたりとか、そんな感じの日常を送ってますね。

梶原阿貴さんと父・梶原譲二さんのツーショット写真。屋外で撮ったものはなく、手元には数枚しか残されていないという(写真提供=ブックマン社)

――お父様が崖から落ちても助かったのは、逃亡生活中に鍛えていたおかげだと。ムダじゃなかったですね。

梶原 お医者さんにも言われたそうです。「首周りの筋肉が頸椎を守ってくれた」って。リハビリにも非常にストイックに取り組んでいて、回復が驚異的に早いと先生に褒められています。

――お父様に対しては、以前より優しく接することができていますか。

梶原 もう年寄りですし、「しょうがないな」って感じですね。この本を出したことで、自分の中でも区切りがついたのかもしれません。