フォークシンガー・俳優として活動する武田鉄矢さん(76)。世に出た最初のきっかけは海援隊として発表した『母に捧げるバラード』だったが、その知名度をさらに押し上げたのが映画『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』、そしてテレビドラマ『3年B組金八先生』への出演だ。
驚くべきは、今にしてみると「武田鉄矢しか考えられない」というキャラ・作品たちだが、このいずれも「代役」としてのオファーだったということ。そのうち、『3年B組金八先生』当時のエピソードや、『101回目のプロポーズ』における伝説のシーンの裏側、さらに自身のモノマネを披露している芸人・霜降り明星のせいやが続編の主演を務めることになった受け止めなどを聞いた。(全3回の3回目/最初から読む)
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ダメもとで走り出した「金八」
武田鉄矢さんにとって2度目の「代役」を務めることになった作品。それはテレビドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)である。
実は武田さんがオファーされる前に、少なくとも2人に接触があった。1人は、当時「きみの朝」がヒットしたシンガーソングライター・岸田敏志(当時・智史)さんだったようだ。武田さんと同じ事務所・ヤングジャパン所属である。しかし岸田さんはコンサートの予定がすでに入っていて日程的に難しかった。
もう1人は、同じ事務所の谷村新司さん。武田さんが当時を振り返る。
「谷村さんは歌を必死でやりたいと言って断ったんですね。それで、事務所社長の細川が私に、『お前のことをプロデューサーに言ったら、会いたいらしい』というのでTBSに向かったんです」
迎えてくれたのは、77年、武田さんが出演した水曜劇場『せい子宙太郎‐忍宿借夫婦巷談』(脚本:向田邦子)でディレクターを務めていた柳井満さん。率直な物言いのプロデューサーは、「金曜日の夜8時」という放送枠の状況を包み隠さず話してくれた。
「『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)、アントニオ猪木率いる新日本プロレスの試合を中継する『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)が視聴率を二分していて、TBSがいくらもがいても数字が取れない時間帯だというんです。続けて『おそらく負け戦になるだろう』とも。でも次の言葉が気に入ったんです。『でも立派に負けましたという負け方がしたいんです』」
どの視聴者層に当てるのかと聞くと、「中学生」。刑事物、プロレスが大好きな中学生を2人でも3人でもいいからこちらに引きこみ、口コミで増やしていくという体当たり戦略だった。

