フォークシンガー・俳優として活動する武田鉄矢さん(76)。世に出た最初のきっかけは海援隊として発表した『母に捧げるバラード』だったが、その知名度をさらに押し上げたのが、映画『幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ』への出演だ。

 オファーがあった当時、武田さんは芝居の経験がなく、しかも先に2人へ打診して断られた「代役」としての指名だったという。とはいえ山田洋次監督というビッグネームに興味を持ち、武田さんは演技の世界へ足を踏み入れることに。そこで経験したといういくつもの「失敗」や、高倉健さんや桃井かおりさんらとのエピソードを聞いた。(全3回の2回目/続きを読む)

俳優・武田鉄矢は意外にも「代役」をきっかけに誕生した ©三宅史郎/文藝春秋

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「演技経験ゼロ」のフォークシンガーに、大監督からオファーが

 ウソとしか思えなかった映画出演オファー、それは『幸福の黄色いハンカチ』だった。出演者は、東映ヤクザ映画で名を馳せた高倉健、倍賞千恵子、若手の演技派・桃井かおり、監督は「男はつらいよ」シリーズなど数々の名作を手がけた山田洋次。

 演技経験ゼロの自分に、あの山田監督が……。にわかに信じられなかった。事務所はヒットチャートを上り始めた『あんたが大将』を中心に音楽活動のテコ入れをしたかったため、いい顔はしなかったが、武田さんは乗り気だった。

「監督に会いに行ったんです。なんで武田だったのかについても監督に聞きましたけど、よくわからなくて。でも自分にオファーする前に(「かぐや姫」の元メンバー)山田パンダさんを指名していたと聞いたとき、もしかしたら、と思ったんです。フォークソングの匂いのする若者をほしかったのかも知れないと。原作を書いたピート・ハミルのエッセイは後に歌になるんですが、それがフォークソングなんです。だからニューミュージックのブームに乗らず、時代に乗り遅れた、土臭いフォークシンガーのままでよかったなと」

ある種、時代に取り残されたかのようなフォークシンガーだったことが、山田監督の目に付いたのではないかと振り返る(YouTubeチャンネル「松竹シネマPLUSシアター」より))

『幸福の黄色いハンカチ』は、失恋した欽也(武田)が傷心の旅にでた北海道で、朱美(桃井)をナンパしドライブする。途中、刑務所から出所したばかりの勇作(高倉健)と偶然出逢って、そのまま一緒に旅を続け、勇作が妻(倍賞)と再会するまでを描いたロードムービーだ。

 その舞台である北海道・釧路に向けて、77年5月、武田さんは1人で夜行列車に乗って向かった。

「寝台車から眺めた北海道の月って、生涯忘れないでしょうね。俺の人生、何かが待っているんだろうと思っていました。“チャンス”であることはわかるんです。でも、芝居って何なのかがわかっていない自分に何ができるか不安でした」

 不安は的中した。