再び「代役」として、「あのドラマ」のオファーが……

 約1カ月の撮影を振り返って、武田さんはこう話す。

「とにかくもがいていましたね、ずっと。もがいてもがいて何をつかめたかわからなかったですよ、当時は。でも何かをつかもうとしたのは事実。

『幸福の黄色いハンカチ』に出られたのは、棚からぼた餅だったと思います。でもね、その中で何かをつかもうとしなければ、何もつかめないまま終わってしまっていたでしょうね。でも時間がたつと、つかめたものがはっきりしてくる。キャリアを振り返ると、いつもこうやってもがいてばっかりです」

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 撮影が終わると、また海援隊で歌う日々に戻った。ある日、スーパーの前で歌っていると、知り合いがスポーツ新聞を持って武田さんに近づいてきた。

「お前のこと載ってるぞって。新聞を広げてみたら、『幸福の黄色いハンカチ』がものすごく好調な出だしを切ったと。どうも映画賞を独占する勢いがあって、武田鉄矢が助演男優賞の候補になるかもしれないと」

「代役」での好演が、さらなる「代役」のオファーを呼んだ ©三宅史郎/文藝春秋

 その新聞予想は当たり、『幸福の黄色いハンカチ』は、第1回日本アカデミー賞や第51回キネマ旬報ベスト・テン(ともに78年発表)など、国内における同年の映画賞を総ナメにし、武田さんも、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞、キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞などに輝いた。

 演技力を高く評価された武田さんにはしばらく芝居の仕事が続くようになる。そんなときに舞い込んできたのが、武田さんを国民的俳優にのし上げた、「あのドラマ」だった。しかもまたしても「代役」だったのである。

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