高倉健も桃井かおりも、「ある行動」に呆れていた

 いきなり監督からカミナリを落とされた。

「監督の“よーい はい!”でカチンコが鳴って役者が動く、という規則さえ知らなかったですからね。それに役の心情をまったく理解できていないと怒鳴られたり。毎日何度も何度も叱られてましたね。動きがダメだと、地面に歩く際の“足形”を書かれてその通りに足を運ぶように細かく指導をされたりしていました」

カチンコが鳴ったら演技を始める、ということすら知らないまま銀幕の世界に飛び込んだ ©三宅史郎/文藝春秋

 風向きが変わったのは撮影3日目。刑務所から出てきた高倉健さん扮する勇作が佇むオホーツク海の浜辺をバックに、朱美と“はいポーズ”と言いながら写真を撮りっこするシーンだ。

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「はしゃいで飛び上がって腹から落ちるという演技をしたんですね。柔道をやっていたから受け身をとれば平気で。この演技で監督が『武田は自由にやれというと、とんでもないことをやる』と評価してくださったようなんです。あの頃は怒鳴られるのが日常だったけど、少しは自分の爪痕は残せたなという手応えはありましたね」

 大監督から思わぬ形で評価を受けただけでなく、意見を求められたこともある。カニを食べながら朱美と仲直りをするシーンで、セリフが決まらず悩んでいた山田さんが切羽詰まったのだろう、「君ならどうする?」と武田さんに尋ねた。

「『自分だったら冗談言いますね』と言って、役者1週間目のド素人が大監督に話したんですね。健さんも桃井も、あいつよく言えるなという顔してましたよ。でも私はそんなことおかまいなしにアイデアを喋ると、監督が笑って面白がってくれて、採用になったんです。で、いざ撮影を始めたら、監督が思わず笑ってしまったんです。その声をマイクが拾ってしまって、撮り直しになった。

 そしたら録音担当の方、豪傑ですね、こう言ったんです。『監督、一生懸命にやってくれている武田さんにきちんと謝った方がいいですよ』と。監督もすごい方で『君が一生懸命に努力しているのに思わず笑っちゃってね、本当に申し訳ない。もう一回やってください』って言ってくださった。このシーンを撮り終えたぐらいからすべてが変わり始めました。

 健さんは、私のような素人をあえて使った理由を『こういうシーンを撮るためだったんだ』と理解されたのか、演技がやわらかくなっていました。桃井はライバル心むき出しにして。(声色をマネて)『あんたさあ、歌手かと思ってたけど、やるじゃない。油断できない』って(笑)」