矢沢永吉氏もまた「ワル」の印象には事欠かないものの、詐欺の被害者ではあったが、加害者ではなかったし、この先も決してなりそうにはない。

見える・見えやすい「ヤンキー文化」

私たちが「ヤンキー文化」を愛でるのは、こうした安心感に支えられているのではないか。そして、私を含めた「インテリ」が、これまでも、そして今後も、「ヤンキー文化」を嬉々として論じ(たつもりにな)るのは、日本人の多くを占める人たちへの免罪符を得たいからではないか。

昨年、「残クレアルファード」がネットミームとなった。残価設定型クレジットで購入したトヨタ車のアルファードを愛用する人たちを描写した楽曲と、それを載せた動画が拡散された。

ADVERTISEMENT

「ヤンキー文化」を論じる人たちは、私をはじめとして、「残クレアルファード」と無縁な場合が多い。実際の生活での切実さは感じようもない。それゆえの高みの見物に過ぎないのではないか。

私たちは、「トクリュウ」という見えない・見えにくい犯罪に怯えているからこそ、それと似通っていながらも、かなり見える・見えやすい「ヤンキー文化」を落ち着いて消費できるのである。

今年の成人式が荒れようが荒れまいが、将来にわたって「ヤンキー文化」は廃れない。少なくない日本人が、その文化のなかで生きているからであり、そして、生きていない人たちにとっては、安定して話題にできる話のネタだからである。

鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
次のページ 写真ページはこちら