暴言、差別発言をもユーモアで包んでしまう卓抜なセンス
加えてフエンテスは、しばしば身も凍るような差別発言や厳しい糾弾として表明される「本音」を、ユーモアで包むことにかけて卓越したセンスを持っている。この点に関し、彼はほとんどプロのコメディアン並みの能力を発揮しており、フエンテスの右派的な思想には共感しないリベラルなリスナーを惹きつけ、結果、彼の発言のクリップ〔=切り抜き動画〕がTikTokやショート動画に溢れている。端的に笑えるからこそ、多くの人が視聴しているのだ。
例えば非常にバイラルだったエピソードには以下のようなものがある(以下は大意の紹介である)。
先述のようにフエンテスは白人至上主義者であることを標榜しているが、自分の想定リスナーである白人至上主義の白人インセル男性リスナーに対し「黒人女性やアジア系女性がどんなに魅力的でも、白人女性と結婚することはわれわれの義務だ」と語る。
「われわれはあのテイラー・スウィフトファンに対処しなければならない」、「彼女たち(白人女性)は、英語は話せるが、料理をしない」、「黒人女性の官能性はわれわれには与えられないし、日本人女性に食べやすいサイズの食べ物が詰められたお弁当(Obento)を作ってもらえる未来などわれわれにはない。自分たちにはまずいハムチーズサンドしかないし、夕飯にはハンバーガー・ヘルパ〔=インスタントハンバーガー〕しか出てこないんだ、これは自己犠牲なんだ」とフエンテスは語る。
意識高い系白人女性への偏見と、黒人文化やアジア系文化の繊細さや豊かさへの暗黙の賛辞という彼の「本音」を語ったこの動画の切り抜きは、様々なプラットフォームで共有され、解説動画まで作られ、白人にも黒人にもアジア系にも、男女を問わず面白がられた。
「ポジショントークとしての白人至上主義」という構え
フエンテスはこうしたハイコンテクストで自嘲的な笑いを随所に挟むことで、彼が本当に特定の属性の集団を憎んでいるわけではなく、むしろその魅力〔その内容は非常にバイアスのかかったものであるが〕を認めていること、あくまでも白人、しかも白人の中でも、プロテスタント国のなかのカトリックというマイノリティである彼のポジショントークとして白人至上主義を標榜しているに過ぎないことを伝達している。「女性は黙っていろ、ほとんどの黒人は収監されるべきだ!」と暴言を吐いてもなお、アフリカ系アメリカ人や女性の支持が増加するのは、こうした理由による。
他にもフエンテスの初期からの常套句として、暴言の後に「ただの冗談だよ(Just a joke, Just joking)」と付け加えるというものがある。当該の暴言には、ホロコーストを茶化す、ヒトラーやスターリンを賛美する、女性に投票権を認めるべきではないといった過激な内容も含まれており、その部分だけを切り抜けば、とんでもない問題発言なのは間違いがない。しかし、その全体を流れのなかで聞くと、彼のコミカルな表情の作り方や滑舌の良い話し方も相まって、ジョークとして聴けてしまうというのがフエンテスのトークの特徴なのだ。当然のことながら、フエンテスのトークは、到底許容できない危険な差別発言とみなされてきたし、現に反ユダヤ主義者として様々なプラットフォームから追放され、共和党の幹部から批判されてきてもいる。
しかし、2022年には反ワクチンの思想を広め、2024年にはインタビューを通じてトランプの大統領選勝利を後押しするほどの政治的影響力を持ったローガンが元々コメディアンであるように、今やアメリカで、政治とお笑いは、しばしば融合したエンターテインメントとして消費されており、両者の切り分けはもはや不可能だとジャーナリストさえ認めている。政治をエンタメとして捉える傾向は特に右派の若者たちに顕著なようだが、SNSでのフエンテスの人気はこのやり方が党派を超えて一層標準化されつつある何よりの証左となっている。
【著者プロフィール】
1973年ニューヨーク生まれ。専門は哲学・キリスト教思想。博士(学術)。関西学院大学神学部准教授。東京大学21世紀COE研究員、南山大学人文学部准教授を経て、現職。宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係について、何かを神聖視する心理に注目しながら研究している。
[1] ジョセフ・ヒース、アンドルー・ポター「序文 二〇二〇フランス語新版に寄せて」『反逆の神話(新版)』栗原百代訳、早川書房、2021年。
[2] 社会心理学者のジョナサン・ハイトによれば人間の心理の初期設定は保守であり、リベラルはケアや公正さへの感受性がより鋭敏になった状態である。ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか:対立を超えるための道徳心理学』高橋洋訳、紀伊國屋書店、2014年。



