“その場の思いつきで指せる人”は希少
――様々な作戦を指しこなすといっても、実際には簡単ではありません。作戦ごとに感覚の違いがあり、それを間違えると一気に崩壊します。糸谷八段はどう乗り越えていますか。
糸谷 私は作戦を事前に準備していくタイプなので、そこまで大変じゃないんですよ。兄弟子の山崎さん(隆之九段)は、完全に即興です。
最近は何をやるにしても、AIで1回調べてからじゃないと怖くて指せない人が多い。山崎さんはそういうのを無視して、その場の思いつきで指す。そのひらめきは、全棋士のなかでいちばん優れているんじゃないでしょうか。
――AIで勉強するのがスタンダードになると、山崎九段のようなタイプはますます少なくなるでしょうね。
糸谷 最善手はAIで調べればよいという考え方になってきている気もしますね。逆に、AIの最善手は勝ちきるのが難しいので、人間でも勝ちやすい手と区別して考えるのもスタンダードです。
あとは、AIの評価値で形勢判断をより細かく刻んで考えられるようになったのも大きいでしょう。AI登場前は、有利、やや優勢、優勢、勝勢という言葉ぐらいしかなかった。それがプラス200、400とか、より数値で区切って精密に計ろうとしている気がします。
AIの評価値によって変化してきた「指し方」や「見え方」
――感想戦でもよく「何点でしたかね」という会話を聞くようになりました。普段の研究に加えて、対局観戦をするときも評価値みたいなものが出ているから、自分の対局を振り返るときにも指標になるのでしょう。
糸谷 AI登場前は評価値どころか、自分がいいのか悪いのかもわからないことが多かったので、それの把握も含めてしっかり研究して考えないといけませんでした。でも、いまの人たちは課題局面がAIにプラス800と表示されたら、あとはその場で考えれば勝ち方はわかるからと、その先はあまり研究しないと思うんですよ。
――なるほど。全体的に技術が上がったから、具体的な手順が詳しくはわからなくても勝ちきれるようになったということでしょうか。
糸谷 中終盤の技術は上がっていると思います。AIの影響で、玉の堅さよりも全体のバランスが重視されるようになりました。そういう将棋が指されるようになり、薄い玉で耐える感覚が全体的に向上しているイメージです。
――糸谷将棋はデビューのときからそうでしたよね。
糸谷 そういう人間にとっては、アドバンテージが失われたという言い方もできます(苦笑)。




