昨年、日本将棋連盟の理事に就任した糸谷哲郎八段(37)。運営の舵取りを担いながら、棋界トップクラスの「A級棋士」として活躍している。
若手時代から裏方の仕事も積極的にこなし、大学院で哲学を専攻した異色の経歴を持つ棋士は、いま将棋界をどう分析しているのか。かつて将棋界を“斜陽産業”と形容した男が語る「将棋界の生存戦略」とは——。(全3回の3回目/最初から読む)
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関西の将棋連盟への“恩義”
――糸谷八段は進学校の広島学院中学校・高等学校を卒業され、大阪大学に進み、同大学院で修士(文学)を取得されています。大学進学のタイミングで東京に拠点を移す選択肢もあったと思いますが、「関西の将棋連盟に恩義があるから関西で進学する」と強い意向を示したそうですね。この「恩義」というのは、どういう意味ですか。
糸谷哲郎八段(以下、糸谷) やはり自分を育ててもらったという意味です。自分が高校3年生でデビューしたときは、猫も杓子も東京みたいな雰囲気があったんですよ。
トップ棋士で関西所属は谷川先生(浩司十七世名人)ほか数人で、羽生(善治九段)先生ら多くのトップは東京にいた。関西棋士でも、勉強するために関東に出た人もいました。
その流れを変えようと、当時の畠山鎮(現八段)・関西奨励会幹事が率先して、たまり場になっていた棋士室を「将棋を指す部屋だ」と真剣に勉強する雰囲気に変えたんです。
畠山先生は相手が先輩であろうと「いま研究会をやっているんで、将棋をやらないなら出てください」といってくれました。そのおかげで将棋を勉強できましたし、せっかくいい環境になってきているんだから、このまま関西の人たちとやりたいと思いましたね。
――畠山鎮八段の行動は、強い責任感がないとできませんね。いまの関西の棋士室は練習将棋を指す人が毎日集まっているようですし、その一言がなければいまの関西の厚みは生まれなかったかもしれません。さて、糸谷八段は大学に進学して、どんな影響がありましたか。




