商売は悪どかった。プードルにピンク色のスプレーで色をつけて「珍しい種類」などと言って高値で売りつけたり、子供が生まれたら1匹20万円で引き取ると番(雄と雌)で犬を売り、いざ子犬が生まれると毛並みが悪い、尻尾が曲がっているなど難癖をつけ買い取り金額を1万円ほどに下げたり、さらには一度販売した犬を客の家から盗んで別の客に売ることまであった。
当然ながらトラブルは絶えず、経営は傾き、やがて再婚相手とも離婚。その後、熊谷市内の女性マッサージ師と暮らし始め、ヒモのような生活のなかで、関根は彼女の娘にも手を出す。
この娘は最初の妻との間に生まれた娘と友人だったそうだ。しばし後、付き合いのあった暴力団関係者とのトラブルが原因で静岡県伊東市に身を隠すも、1981年ごろ埼玉に戻り、翌1982年に熊谷市でペットの繁殖・販売を生業とする「アフリカケンネル」を開業。ここで知り合ったのが風間だった。
凶悪夫婦を生んでしまった「ヤクザとの揉め事」
風間は1957年、熊谷市の資産家の家に生まれ、お嬢様として育った。保育士をしたり、土地家屋調査士の父親を手伝うため測量の勉強などをした後、1976年、19歳のときに銀行員の男性と結婚し実子2人をもうけたものの、夫の浮気が原因で1982年に離婚。
1983年初めに、元来犬好きだった風間がアフリカケンネルを訪れ、関根と意気投合する。当時、風間はヤクザに交際を迫られ、つきまとい行為を繰り返されていた。
相談を受けた関根は仲介に入り、この問題を解決。風間が関根に惚れ、2人は1983年10月に結婚する。
このとき関根41歳、風間26歳。関根にとっては7度目の結婚で(うち3回は離婚した相手と復縁したもの)、風間の実家の財産が目的だったと言われるが、関根に夢中だった風間は、関根に刺青を彫らされた先妻らに対抗し、自ら背中に龍の刺青を彫ったという。
その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。
