日本と海外、「障害」に対する反応の違いとは?
――年代や地域、国内と海外などで障害に対する反応に違いはありますか。
アンナ 海外だと、障害のことを伝えても、ただ「へぇ、そうなんだ」みたいな反応が多いです。グアムのホテルで「できることとできないことがあるからサポートしてほしい」と伝えたら、「オッケー。りょ」みたいな感じで返ってきましたね。
これもグアムですけど、外国の子が息子の手のことを聞いてきたので、「生まれつきだよ」って返したら、「ふーん。じゃ、遊びに行こっか」みたいな。あんまり深刻な感じもないというか。
「君は手がないよね。僕はここに入れ墨入ってるよ」とか、「君は手がないけど、僕の肌は黒いよ」みたいに、「そんなもの、みんな違うぜ」という“個”をそのまま受け止める姿勢を感じますね。
一方で、日本だと、その子や家族の苦労まで理解してあげようとする“情”があるというか。ある意味、深すぎるぐらいの優しさがあるのかなって思います。
――日本で「手どうしたの?」と聞かれて、「生まれつきなんです」と返した後の空気が重くならないかとか、そういう心配はありますか。
アンナ 皆さん、すごく空気を読んでくれますね。「でも、リタ君は何でもできるもんね!」みたいに、障害はあるけど、かわいそうじゃないですよねというニュアンスで、すごく気をつかってポジティブな方向に持っていってくれようとすることもあって、逆に切ない時もあります。
――アンナさんが楽なのは、海外スタイルですか。
アンナ そうですね。息子はインターナショナルスクールに通っていて、新しい担任には事前にいつも手のことを説明するんですけど、皆、「オッケー。任せて」って、軽い感じです。
入学前の学校説明会の時、校長先生に「障害児に対する受け入れ態勢はどうなっていますか」と聞いたら、「っていうかあなた、なんでそんな心配してるワケ? それがそもそも駄目じゃない?」って言われたくらいで。
――自然なこととして、当たり前に捉えている。
アンナ 「これからいろいろ学んで成長していく子どもを学校全体でサポートしていくから、まったく何の問題もない。だからあなたはもっと子どもを信じてあげて」と言われて、すごく気持ちが楽になったんですよね。
障害に対する考え方が日本と違うのかなというのは、インターナショナルスクールの先生たちを見ていても感じます。まあ、聴覚障害があるキャラクターがマーベルの映画に出る時代ですしね。私にとってはそういった反応も面白いし、自分の性格上、向いてるのは海外のスタイルですね。
