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連載地方は消滅しない

地方は消滅しない――高知県大豊町の場合

幻の碁石茶復活 諦めなければ「限界」はない

2016/08/23

source : 文藝春秋 2016年9月号

genre : ニュース, 社会, 経済

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イラストレーション:溝川なつみ

 高知県大豊(おおとよ)町は、徳島・愛媛県境に位置する標高二百~千四百メートルの町だ。四国山地に深く分け入るので、高知市からだと車で一時間ほどかかる。

 町には、歌手の故美空ひばりさんにまつわる話がある。美空さんがまだ無名だった一九四七年、地方巡業中に同町でバス事故に遭い、瀕死の重傷を負った。一カ月半の療養後、町にはえている推定樹齢三千年という杉の巨木に「日本一の歌手になれますように」と祈った。願いが届いたのか、美空さんはスターへの道を駆け上がっていった。

 町は「限界集落」発祥の地としても知られている。限界集落とは六十五歳以上が半数を超えた集落を指す。総出で行う道の草刈りや冠婚葬祭が難しくなり、集落の機能が維持できなくなるとされる。大野晃・高知大名誉教授が提唱した概念だ。

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 その研究の舞台の一つが大豊町だった。町は全体でも六十五歳以上の人口が半数を超えており、大野名誉教授は「限界自治体」と名付けている。町として維持できなくなり、やがては滅びるという意味だ。町民の平均年齢は六十二・六歳。国勢調査の人口も、五〇年の約二万三千五百人が、昨年十月時点で四千人を切り、六分の一ほどに減った。

 そうでなくても今の日本には「地方は滅びる」という意識が蔓延している。増田寛也・元総務大臣らが大豊町をはじめとする多くの自治体を「消滅可能性都市」として名指しし、流行語になったせいだ。

「限界」と言われ、「消滅」と名指しされ……、しかし本当にそうなのか。確かに消える集落はあるだろう。だが「地方」を歩いていると、はつらつとした「限界集落」に出会うことが多い。驚くような物や方法を見つけて、消滅に抗う姿がほうぼうにある。そうした不屈の試みと知恵をこの連載で報告していきたい。

 その初回はやはり「限界自治体」の大豊町だ。町へ行くには長いトンネルをいくつも抜ける。それと同じように、長い長い取り組みの末に光が見えてきた事例がある。町でしか作られていない碁石茶の復活だ。

 製法は世界でも珍しい。

 茶葉は何度も摘まずに枝ごと刈り取る。そのまま大きな桶で蒸し、茶葉だけ小部屋に広げて、ムシロをかける。するとムシロなどに付いていたカビで第一段階の発酵が進む。これが終わると、また桶に詰め、蒸した時の煮汁をかけて重しを載せる。まるで漬物のように漬け込み、第二段階の乳酸発酵を行う。

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