子ども時代は治療をしなかった
――小さい時から太田母斑については自覚していた?
あざみ 「太田母斑」という名前を聞いたのは小学生か中学生かくらいだったと思いますが、自分の顔が人と違うことは、小さい時からわかっていました。でも悪いことだとも思ってないし、人が気にすることだとも思っていなかったです。
――生まれつきということですが、出産時のことなどをご両親から聞いたことは?
あざみ 赤ちゃんの時の写真からあざがあるのは私も見てるんですけど、太田母斑について親から何か言われたことはほとんどなくて。
小さい時は心疾患があったみたいで、そっちで手一杯だったということもあるかもしれませんが、親もなんとなくあざのことは言いづらかったのかもしれないです。
――現在はレーザー治療を受けているということですが、小さい時から治療はされていたのでしょうか。
あざみ 全くしてなかったんですけど、母親が病院の先生から、「大人にならないとあざの範囲が定まらないから、治療はもうちょっと大きくなってからでいいんじゃない?」みたいな話をされている記憶はあって。治療したところは治っても、後から範囲が広がる可能性があるから、ということでした。
その後、中学生くらいになってから「治療したい?」と母に聞かれたんですけど、はっきり「したい」とも言えず、曖昧に答えたらそのまま一切聞かれなかったですね。
――当時はあまりあざが気になっていなかった?
あざみ そんなことはないんですけど、「治療したい」と言ったら、親に「やっぱり気にしてたんだ。ごめんね」と思わせてしまうのが嫌だったんですよね。
なので今もレーザー治療していることは伝えていないです。
