――まさに“あの時の空気感”が描かれていますよね。
波木:このインターネットの描写とかも、今見るともうリアルタイムではないというか、やっぱり数年前のトレンドだなっていう気はするんですけど、それを数年経った今読んだら、また違った視点で見れるんじゃないかなと思います。
「裁縫は暴力の逆なんだ。だから好き」
――4篇目は「フェイクファー」。こちらは2023年2月号の『オール讀物』に掲載されました。恋愛小説の特集の中の1本として書かれた作品ですね。
波木:手芸サークルで着ぐるみを作ったり着たりした大学生時代を思い出すお話です。サークルのメンバーが一人、着ぐるみを着たまま死んでしまったらしい、という知らせを受けて久々に当時の仲間たちと集まることになる、という筋です。
——着ぐるみというモチーフはなぜ?
波木:カルチャーとして面白いし好きなので、題材にしてみたいと思ったんですよね。着ぐるみという概念自体の面白さというか、誇張された可愛さみたいな、ある種の不自然さみたいな、そういうところが好きで。あと、この話の構造は少しミステリーを意識しています。別にトリックとか解答があるわけじゃないんですけど、ミステリー構造を作るのにも題材として合ってるなと。
――その謎にも関わってくると思うんですけど、この作品の最初の1行が素晴らしくて。「裁縫は暴力の逆なんだ。だから好き」。すごくいい一文ですよね。
波木:ありがとうございます。
短篇集全体に共通する空気感
――最後が「楽園ベイベー」です。2023年6月号の『オール讀物』に掲載されました。いじめられっ子の小学生・かいりが、突然現れた〈美容師兼探偵〉を名乗る謎の女性・らいかに助けられるところから始まります。彼女は、その辺に捨ててあった掃除機をブンブン振り回していじめっ子たちを退治しちゃうんです。そんなかなりぶっ飛んだバイオレンスなシーンから幕を開ける、エネルギーに満ちた一篇です。タイトルは、もちろん、あれですよね。
波木:そうですね、RIP SLYMEさんの楽曲からお借りしています。
――タイトルは最初に決まってたんですか?
波木:結構最初に決まってましたね。こういう話を書こう、っていう時にはもう、あの曲が流れてました。
――どこから着想した作品なんでしょうか。
波木:まず、美容師に興味があって。美容師ってすごい面白い仕事だなと。刃物をいじりながら軽妙なトークをするってすごくないですか? 散髪って、ワンミスが命取りじゃないですか。だけど、切っている時はシリアスな感じを全然出さない。カジュアルに接客もしながら進めていく。その振る舞いがすごく面白いというか、自分には絶対できないことだし、興味深いなと。
――この作品、なかなか面白い終わり方をするんです。「えっ、ここで終わっちゃうの⁉」と思う人も多いかもしれません。もっと先を読みたい気もするし、でもここで終わってるから気持ちいい気もする。ここからこそ物語が始まるんじゃないかっていう余韻が、なんだか切なくもなる。このラストは最初から決まっていたんですか?
波木:そうですね。まさにその通りの意図のエンディングです。主人公は推理小説が好きで、自分が直面する謎にワクワクしていたりもするんですけど、でも結局、自分はこのミステリーの主人公になることはできなかった、っていう終わり方なんですね。
