蹄の足跡を辿っていくと、水の音が近くなっていく。秋の陽射しがさらさら降りて立ち枯れた植物が金色に光る。風が通ると、光は跳ねるように輝く。あれは自らの季節を終えた植物のたましいなのではないか。植物が不自然に揺れたと思ったら、一匹のキツネが姿を見せて私の目の前を木枯らしのように駆け抜けていった。毛並みの煌めきはたちまち原野を覆う植物の光にまぎれて見えなくなる。あるいは、この大地そのものがキツネの背中なんじゃないかと想像することもある。小さな私が、長靴の頼りない足取りでせっせと金色の背によじ登っている。風に吹かれて金色にくすぐられながら、風上から羆の匂いが流れてこないことを確かめる。強く匂うまで近づいてしまっていたら、もう逃げられないに違いない。
私はどうして山に入るのだろう?
それにしても、これほど警戒し、羆の強さ恐ろしさを知っているというのに、私はどうして山に入るのだろう? 私だけではない、父も含め自分の身近にいるこの土地の人々は春にはタランボの芽やワラビ、初夏まではフキ、秋にはキノコを採りに平然と山に入っていく。熊出没のニュースを見たってお構い無しだ。どうして行けるのか、恐ろしくはないのか? そう問いかけた自分の胸に「信頼」という言葉が浮かぶ。信頼。言葉の重みを背負って一歩一歩水辺に近づいていく。
この大地は羆とある時は共生し、ある時は戦ってきた深い歴史がある。その感覚は今も息づいて歩く度に足の裏から伝わってくるような気がする。北海道に和人が多く移住してきた開拓期には三毛別羆事件をはじめ、人間が羆に襲われた話がいろいろと残っている。その度に人間は武器をとって知恵を絞り、なんとか〈人食い熊〉を倒そうと挑んできた。それから、家畜をいかにして守るか頭を悩ませたこともあっただろう。それより前の、アイヌの伝統的な生活に想いを馳せれば、羆は肉と毛皮を携えて人間のもとにやってくるカムイだった。子熊を大切に育てあげ、たくさんのお土産を持たせてカムイの国へ送り返すイオマンテという儀式はあまりにも有名だ。北海道の観光土産である木彫りの熊のことも思い出す。冬眠して羆の姿が見えない時期に、人間の手が木から羆の姿を彫り出していく。これほどまでに、この大地に生きる人々にとって羆という存在は生活と固く結ばれている。山の幸を享受する私も、出会いたくないから、という消極的な理由ではあるが羆を意識しないで過ごす年はない。山菜でもキノコでも絶対に採り過ぎてはいけないのは、羆を始めとした野生動物のためだ。羆のことを「山親父」と呼ぶこともあるが、それは畏怖とともに親しみがこもった呼称だと思う。親父という言葉で人間と羆を重ねている。怖いものであっても、身内の存在でもあって、避けてばかりはいられない。生活に密接している以上、知らんぷりはできない。自分の身を守るために羆について知識をつけねばならず、恐れると同時に挑むこともやめられない。山菜やキノコを採る者にとってはこれが生活そのものだ。そんな土地の記憶を継承していくこととは、山と信頼を結ぶことなのだと思う。信頼は長い時間をかけ、この土地と人間のあいだに醸成されてきた知恵である。熊をよく知る人ほど過剰に恐れない。とあるキャンプ場の管理者はけろりとして「熊出っから」と言い「山に羆がいるのは当たり前」なのだと語った。