麓の町をさらに北へ

 筑波山塊に沿うように、麓の町を南から北へ。桜川市のコミュニティバスを乗り継ぐ筑波駅以北では、真壁という町がいちばん大きい市街地を持っている。市町村合併で桜川市になったが、かつては真壁町。江戸時代初期には真壁藩の城下町だったこともある。

 

 筑波鉄道の真壁駅は、東に真壁城跡、西に市街地に挟まれた場所にある。ホームは2面3線、かなりの規模があったようで、そのままに残されているホームの他はちょっとした公園だ。駅舎はないけれど、ホームに上がる階段なども現役時代の姿を留めている。

 
 

 真壁駅のホームの上には、巨大な桜の木が4本。大正時代の駅長さんが植えたのだとか。

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 ホームの上の樹齢100年の桜の木。春に訪れたらさぞかし壮観に違いない。というか、ここに列車がやってくる風景も見たいものだと想像を膨らましてしまう。

 

終点・岩瀬駅へ

 真壁駅から先は、県道41号に沿って小さな集落を繋ぎながら田園地帯を走ってゆく。

 北関東自動車道と交差したら右にカーブして、林の中を抜けたらすぐ横にJR水戸線の線路が見えてくる。JR岩瀬駅の南側の広大な空き地がサイクリングロード、そして筑波鉄道の終点だ。

 その場所に、筑波鉄道の岩瀬駅があった。水戸線のホームと並んで南側、4・5番のりばを使っていたという。

 

 そんなレールもホームも、ここではすべて取っ払われて、公衆トイレがあるくらいの空き地になった。もう少し、何か終着駅らしい痕跡があってもいいのになあと思わせる、そんな廃線跡の終点であった。

 それでも、帰路につこうと岩瀬駅の改札を入って跨線橋を渡ろうとすると、どうやらこの跨線橋は筑波鉄道のホームにまで続いていたようだ。明らかに、壁の様子が違っている。廃線でホームもなくなって、跨線橋が途中で切られてしまったのだろうか。

 

 秋葉原から学園都市の中心までを結んでいるつくばエクスプレス。一方、つくばエクスプレスに先立つ18年前に地図から消えた筑波鉄道は、筑波山の麓をのんびり走るローカル線だった。同じ“つくば”“筑波”でも、どうやら役割はまったく違うようだ。

 いまや、つくばといったらつくばエクスプレスとその町だ。が、筑波鉄道の廃線跡のサイクリングロードも、もうひとつの、そして本来の“筑波”を教えてくれるのである。

撮影=鼠入昌史 

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